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| もう一度蔡明亮 1>2>3 |
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◆広がっていく孤独感 高崎 瀬々さんは、ツァイ監督の作品のどういったところに興味をもたれたんですか。 瀬々 それまでの台湾映画ではエドワード・ヤンやホウ・シャオシエンの作品を見てきて。それらの作品には、どうしても台湾と中国の歴史、日本との関係など、そういうものが深くある。でも、ツァイ・ミンリャン監督の作品を初めて見たら、そういう部分が一切無い。今の台北という都市の中で、そこに生きている人間をそのまま撮っているみたいな感覚ですよね。そこにぐいっときた、新しいものが生まれているなというものが大きかったですね。この街で新しい作家が出たんだな、と。今考えれば、彼自身がマレーシアで生まれ育ち、台湾に来られたという出自ですよね。ツァイ・ミンリャン監督に会った時にも、やたらとそのことについて聞いたんです。作風がどうしても、都市で生きている人間の孤独感というものが根底にありますから。マレーシア生まれで、台湾で生活していることが関係しているのか、非常に興味があり、根掘り葉掘り聞き出そうとしたんですが、どう答えられたのか今、思い出せないんですけど。そこでは彼の出自というものが生かされているのではないか、ということを聞いた覚えがあります。そういう感覚が、他の監督と違うという気がしたし、彼は今もそれをどんどん推し進めている。限定されたキャストとスタッフで、毎回毎回同じメンバーを使いながら、ある意味を推し進めていった。それは非常に個人的な映画作りなのかもしれないけど、それがこうやって世界に広がっていくというのはものすごいことだと思います。夜桜さんもそのチームに入ったわけですから。 高崎 私の周囲でも、水谷俊之監督など何人かの監督がツァイ監督の映画には大いに刺激をうけているんですね。以前も、ピンク映画四天王の一人、サトウトシキ監督の『迷い猫』という映画で、長曽我部蓉子さん演じる主婦が、夫を撲殺した後、新宿西口の街を、ハイヒールの音を響かせながら、延々と歩く姿をズーッと長回しで撮っている。ああ、これは『愛情萬歳』のラストシーンに似ているなと思ったんです。僕の友人でも、瀬々さんの作品に、ツァイ監督にインスパイアされた映画があるのではないかと言っていましたが、そういうことってどうなんでしょうか。 瀬々 どうでしょうと言われても困るんですけれども。刺激を受けたというのはずいぶんありますね。 高崎 『西瓜』に限らず彼の映画というのは、元々エロティックですね。『愛情萬歳』でも、べッドのきしむ音や喘ぎ声が聞こえるだけで、ベッドシーンは見せないけども、想像させる。その意味では、今回の『西瓜』は『愛情萬歳』で見せなかったシーンをすべて晒してみせたという印象がありますね。 瀬々 でも、いわゆる身体性、肉体性というものをここまで表現したのは初めてですよね。愛というよりは体というものを描こうとして、逆に体から愛が生まれているようなところがある、そこがすごいなと思いました。 高崎 その身体性というものを表現するときに、夜桜さんの存在が大きかったんでしょうね。でも、ご本人は結構大変ですよね、西瓜の汁をかけられたり(笑)。 夜桜 そうですね、台湾は結構熱いんですけど、クーラーをつけるとどうしてもクーラーの「ザーザー」という音が入ってしまう。だから、カメラが回っているときはクーラーは切るんです。熱い中で、何回も何回も西瓜の汁をかけられる、しかもシャワーが浴びれるのは最後だけで痒かったりする。いろいろ大変で、やっぱり過酷でしたね。 ◆三田村恭伸、登場! 高崎 今回は『西瓜』を中心にお話を伺っていますが、今月下旬に公開される『楽日』に出演されている三田村さんがいらしているのでご紹介したいと思います。三田村さんにはツァイ・ミンリャン監督との関わりについてお話を伺いたいと思います。 三田村 ツァイ・ミンリャン監督との付き合いは長いですね、十年ぐらいです。『青春神話』を見て大ファンになって、それから会うようになって。家族とコミュニケーションを取るような感じでずっと会っていたんですね。『楽日』のキャスティングはこちらからお願いしたというわけではなく、自然になっていった結果なんです。今も家族のような付き合いが続いていますし。今日は『楽日』の紹介というよりも、瀬々監督が大好きでトークがあるとお聞きして、一人のお客さんとして来ていたので、何も準備していないんですけれども。 高崎 瀬々監督の作品は、かなり見ているんですか。 三田村 見てます、特に最近の作品がすごく好きです。監督の映画『ユダ』にも足の悪い女性が出てきますよね。時期的にも、『楽日』と似ていて。『楽日』の中でも、足が悪いということが別にストーリー上何の問題も無く、突拍子も無く描かれている。『ユダ』でも同じように足が悪いということが、無くてもいい、正常でもいいのに足の悪い女性が偶然にも出てきている。そこが監督に聞きたかったところです。なぜ足の悪い女性なのかな、と。 瀬々 脚本に書いてあったんです。元も子もない言い方になりますけど。 三田村 監督が脚本を書かれたんじゃなかったんですか。 瀬々 いえ、違う人、女性が書いています。 三田村 では、偶然の一致なんですね。 瀬々 あの『楽日』はどこの映画館で撮影したんですか。 三田村 台北の郊外にある永和市です。 瀬々 『迷子』もそこで撮影されたんですかね。そこは飛行場の近くですか。 三田村 『迷子』もそこの町ですけど、飛行場の近くではないですね。監督が住んでいる場所がそこだっということもあって。行ける範囲の中でロケーションをして、見つけて撮影をしたんです。 瀬々 永和市は一回行ったような気がするんですけれども、はっきり覚えていないんです。『迷子』の造成地みたいなところが印象に残っていて、あのような場所で撮影した気がするんですけど、近くに飛行場があったので、違う場所ですね。 三田村 監督も台湾で撮影されたんですか。今はもう、その造成地もだいぶ変わっていますね。 瀬々 そうなんですか。一つ気になっていることがあって、美術で葉さんっていますよね、どんな方でしたか。ちょっと変な顔ではなかったですか。僕の知り合いかなと思いまして。 -----男性の方ですね、顔まではちょっと。 瀬々 すいません、飲み屋の話みたいになってしまって。知り合いで美術をやっている人に葉さんという方がいたもので。 ◆ゲイ・ムービーとしての『西瓜』 高崎 三田村さんが出演されている『楽日』は『西瓜』とは全然違うアプローチの作品で、あらためて、ツァイ・ミンリャンという監督の創作活動の幅の広さというものをまざまざと感じさせられますね。 三田村 そうですね、『楽日』と『西瓜』は静と動で全く違いますよね。『楽日』を撮った次がこうなるとは思いもよらなかったです。『楽日』という映画は突発的に決まった映画だったので『西瓜』よりも先になってしまったんですけれども、ツァイ・ミンリャン監督は、AVの映画を撮るということをずっと前から言ってたんです。だから『西瓜』を見て、「あぁ、これが言っていたAV映画なんだ」と。感想としては、18禁ですがそんなにエッチじゃない。逆に『西瓜』はゲイ・ムービーという感じがしました。男女の映画であるにもかかわらず、ツァイ・ミンリャン監督の一番のゲイ・ムービーは『西瓜』かもしれないって思いました。ミュージカルも、フォーメーションや振付けをきっちり決めていて、ショーパブのショーの豪華版のような感じで。出てくるセックスも機械的で。ゲイ・ムービーというものだと思いました。でも、そのように書いている人も言っている人もいなかったので、今まで心の中に留めていたんです。 高崎 『西瓜』のパンフレットのツァイ監督との対談で、作家の齋藤綾子さんも、そのように指摘されていましたね。つまり、もし夜桜すももさんが男だったらもっと興奮していたかもしれない、と。男と女というセクシュアリティを超えて、想像し、楽しみながら見たと言っていました。 三田村 あまり性別は感じなかったですね。シャオカンもそうだし、夜桜さんもチャン・シャンチーさんも性別がないような映画でしたね。 夜桜 シャオカンもスカートをはいて、ヒールもはいていますしね。 三田村 セックス自体が性別がなかった感じがしました。 高崎 ゲイ・ムービーというとらえかたもあるようですが、夜桜さん自身は、何か感じましたか。 夜桜 AVの撮影ではレズシーンの撮影はしたことがあるんですけれども、ゲイに関しては、私はちょっと分からないので、何ともいえないですけれども…。 高崎 チャン・シャンチーと夜桜さんが演じた女性は表裏一体として描かれているように思いましたが、その点に関しては、チャン・シャンチーがアドバイスをしてくれたそうですね。 夜桜 私は演技もしたことがなくて、素人同然の状態でしたので、エレベーターで蟻が這いつくばるシーンや寝ているシーンなどでは、アドバイスしてもらいました。撮影していくにあたって徐々に意気投合していって、いろんな面でアドバイスしてもらいましたね。 高崎 チャン・シャンチーは『楽日』にも出演しているし、完全にツァイ・ミンリャンファミリーですよね。 三田村 映画の中では、チャン・シャンチーさん演じる受付嬢とはすれ違う場面がほとんどないんですけれども。『楽日』の中ではしっとりした女性を演じてられますけれども、プライベートではすごく行動的な女性です、しっかりした女性ですよ。事細かくお金の心配までしてくれてました(笑) 夜桜 彼女はオンとオフの切り替えがはっきりしてますね。カメラが回ると目の表情が変わって、女優になるところはすごいです。 ◆我々が実は映画館を壊したんだ 高崎 『楽日』について、三田村さんにお聞きしたいんですけれども、ツァイ・ミンリャン監督は、最初からあの映画館を使うことを考えていたんですよね。 三田村 そうですね、その映画館があって出来上がったのが『楽日』という映画です。映画館には、バックステージの通路で性行為をしている男性同士とかもいる。でも、最初に監督がゲイを扱うと言っていたほど、出来上がってみたら全然ゲイではなかったように思います。気づかなかったら誰も知らないんじゃないかという、見た方は半分以上は「えっ、ゲイ?」っていうぐらい、分からなくなっていると思います。監督自身も撮り上がって数年経って今はもう映画の中のゲイということは忘れちゃってるぐらい、ゲイの色は薄くなってきて映画館の濃度の方が濃くなっていますよね。だから逆にさっき言ったように、『西瓜』の方がゲイ色が強いような感じがしました。 高崎 僕も、久し振りに『龍門客棧』をビデオで見てきたんですけれども、やはりすごい映画で、『楽日』で最後にかかる映画はこの作品でなければいけないという、必然性を感じました。『楽日』に関して、瀬々監督の感想を聞かせていただけないですか。 瀬々 『楽日』っていうのは閉館になる映画館の一日、『龍門客棧』の最後の上映のあと、映画館がなくなるというところで三田村さんが日本人旅行者として出てくる。そして、足の悪い受付嬢と映写技師、『龍門客棧』の主演男優という三つの話が平行していく。もうこれ以上いうとまずいですね。 瀬々 『楽日』っていうのは閉館になる映画館の一日、『龍門客桟』の最後の上映のあと、映画館がなくなるというところで三田村さんが日本人旅行者と足の悪い受付嬢と映写技師『龍門客桟』の主演男優という三つの話が平行していく。もうこれ以上いうとまずいですね 三田村 これ以上言うとなくなっちゃいますね。 瀬々 そうですね、もう今、映画の3/4ぐらいいきましたからね。 三田村 あとはもう、見た人の感覚一つで感じ取ってもらう、体感映画ですね。 瀬々 でも、映画館がなくなるってことですよね。僕も学生の時、京都にあった京一会館という名画座でアルバイトしていて、そこも僕が監督になる前に閉館になって、監督になってからは亀有にあった亀有名画座というところでよく上映してもらったりしたんですが、そこも閉館になりました。なくなる日、やっぱり楽日には人が集まるんですね。幻の機関車が走るのを最後に見に行くようなもんで、盛り上がるんですよ。でもそれはあんまりよろしくないな、と。結局なくして悲しんだりするんですけど、なくすようにしているのは私達なわけですからね。みんな、ビデオとかで映画館に行かなくなったわけだし、その日だけ悲しんでもしょうがないっていうのがあるわけであって。被害者面していて加害者なんだというところがどうしてもあるわけで。そういう映画ですよね。 三田村 そうですね。映画が無くなるということは、始まるということでもあるわけで。無くなることでセンチメンタルな映画ではなく、これから始まっていく前向きな匂いが最後の方でしてもらえればいいと思うし。センチメンタルなのか、前向きなのかはそれぞれ見た人によって捉え方は全然違うと思うし。その日の天気や体調などによっても変わる。いろんな色に変えられる映画だと思います。あんまり細工がないから、好きな色に染めていけるというのもありますね。何度も見ていただきたいです。 瀬々 さすがです! もう、「『楽日』大使」って感じですね。 三田村 そうですね。そういう人がいないと、こういう映画はだんだん消えていってしまうかもしれないですからね。 瀬々 映画館と同じように消えていってしまいますから。 高崎 確かに、これまでに閉館される映画館をテーマにした映画は、『ニュー・シネマ・パラダイス』とかピーター・ボグダノヴィッチの『ラスト・ショー』などがありますが、どちらもセンチメンタルな想いが前面に出てしまっていて、見る者の涙腺を快く刺激しますが、しかし、『楽日』は、そういうノスタルジーに淫した映画とはまったく違いますね。映画館が廃れたのではなくて、実は、われわれが映画館を壊してしまったのではないか、という自責の思い、感情を抱かせる、そのような厳しさを持つ映画だと、見るたびに実感させられます。『西瓜』についても、水谷俊之監督は「見るたびに印象が変わってくる」と言っていましたが、ツァイ・ミンリャン監督の映画は、たしかに、一回見ただけでは細部は捉えきらないし、繰り返し見ることで本質が見えてくる、という気がします。 そろそろ時間ですけれども、何か質問がある方おられませんか。 ◆Q&A 質問 三田村さんと夜桜さんに質問なんですけれども、三田村さんは実際にツァイ・ミンリャン監督と知り合いで、夜桜さんは全く知らないでツァイ・ミンリャン監督の作品に出てらした。でも出演してから号泣なさって、やはり心境の変化というものは大きかったと思います。ツァイ・ミンリャン監督の映画は、お二方に何を残したかお聞きしたいです。 三田村 『楽日』に関しては、オーディションもなく、監督は僕が演技ができるかできないかも知らずキャスティングしてくれたわけで、普通はありえないことですよね。それまでは全くのプライベートで会うことしかなかったわけで。さっき夜桜さんが言っていたように他の現場と違うのは、スタッフと監督のチームワークが上手くできている。ファミリーとしたの結束があるがゆえに、通常の映画の撮影とは違う感動がありますね。あの映画に関していうと、映画館の中にずっといたい、という変な魔力にとりつかれたような感じがして、時間がここで止まっていてほしいという気持ちでした。撮影の終わる二日ぐらい前に、「あっ、ここがちょうどいい」って感じになっていました。独特の感じ、魔力としか言いようのないもの。映画からも、その感じは伝わってくるのではないかと思います。 夜桜 私は全くツァイ・ミンリャン監督について知らなかったんですけれども、撮影をしていくうちに、スタッフさんや出演者のみなさんといろんな思い出が出来てきて。意気投合していくうちに、自分は何ができるんだろうか、自分が出演したことによって周りの人に影響を与えられるんだろうか、と思うようになっていきました。家族とは違うんですけれども、チームワークのよさに吸い込まれていくような撮影現場ではありました。最初の頃は全く分からなかったんですけど、撮影をしていくうちに、後々になって気づかされていく部分が大きかったです。撮影が終わって日本に帰国してから数ヶ月は、台湾での撮影のことを思い出してました。それから演技を習い始めたりして。すごい作品に出させていただいたんだなと、後になって気づかされるものがありますね。 高崎 そろそろ時間もきたようですので、お三方に拍手をお願いできればと思います。今日は、どうもありがとうございました。 |
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