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諏訪敦彦監督 本当は上映前に駆けつける予定でしたが、遅れてしまったので上映後のこれから、少し三田村さんとお話できればと思います。今日着ていらっしゃるのは、この映画の衣装ですか?
三田村恭伸 そうです、この日のために取り寄せたんです。諏訪監督は半期に一度よく会う監督で(笑)、ツァイ・ミンリャン組に一番近い日本人の監督で大好きな監督なので今日来てもらえてすごく光栄です。
諏訪 こちらこそ。本当はツァイ監督がいらっしゃればみなさんにとっては良かったのだと思いますが。ツァイ監督とは『Hole』の時に対談してから、公開の度にお会いする機会を作ってもらって毎回定期的にお話するといった感じで、そういう風に話ができる人は非常に少ないんですよ。監督同士というのはなかなか仲良くなりにくいところもあって、その中で彼は話のできる数少ない監督の一人で、毎回お会いできるのが楽しみにしてます。
会うたびに思うのはツァイ監督はだんだんエネルギッシュになっていますね。怖いぐらいに。
三田村 実は失礼なんですが初めて諏訪監督にお会いした時は、諏訪監督の作品は一度も見たことがなかったんです。その後どんどん観るようになって、ツァイ監督にすごく近い映画をお撮りになるんだと思うようになりました。だからツァイ・ミンリャン映画が好きな人は諏訪監督の映画も大好きかもしれない。
諏訪 そうなんでしょうか(笑)。僕自身はツァイ監督の映画を観て似ていると思ったことはほとんどないんですよ。ただそういわれることは多くて、ヨーロッパなどにいくとわりとひとくくりにされていることが多いんです。時間をかけてひとつのショットを見せていくでしょ、そういうことはあまりないんですよ、ヨーロッパの映画には。だからそういうのをアジアン・ニュー・ウェイヴの特徴として取り上げられたりするんですが、僕はツァイ監督の映画をみて近しいなという気持ちよりは、自分ではこういうことはできないなと思うことのほうが多いですね。
三田村 でもツァイ監督と諏訪監督が一緒に何か作る機会があったらすごいんじゃないかといつも思うんですが。
諏訪 とんでもないことになっちゃいますよ。公開できないんじゃないかと(笑)。
三田村 ツァイ監督は諏訪監督に対していろんなアピールしてますよね。
諏訪 三田村さんで撮ったらどうかとか。
三田村 そう、『西瓜』に出ている夜桜すももと兄妹で諏訪監督の映画に是非にと(笑)。ツァイ監督が里子に出す親のように宣伝してくれて。
諏訪 この前は逆に西島秀俊君とツァイ監督が結構交流していたみたいでしたし。そういうこともあるんでしょうか?
三田村 入れ替わるのもありでしょうか(笑)。西島さんといえば諏訪監督の映画で大きくなった方ですが。
諏訪 西島君とは『2/デュオ』一本きりしかやってないんですが、すばらしい俳優だったなと思います。あ、過去形でいっちゃいけないか(笑)。
三田村 入れ替わってみましょうか? 今すももとセット販売してますから、監督含めてスワッピング状態ですよ(笑)。
諏訪 ツァイ監督の場合は本当に家族的な雰囲気でやってるんですね。そういう感じですか?
三田村 そうですよ。自分は日本の監督をあまり知っている方ではないので、そういうものが全てだったりする中で諏
訪監督のいろんな映画の撮り方を聞いたりするとツァイ監督にすごく近いんですよね。日本的じゃないというのが良いか悪いかわからないんですが。アジア的で、台湾とか香港とかの感じに近い気がして。いつでも諏訪監督のもとにいくつもりはあるんですが受け入れてくれるかどうかは・・・(笑)。
諏訪 なかなか映画を撮る機会が少ないものですから。
三田村 でもよい縁があればうれしいなと思っています。
諏訪 ツァイ監督の場合はリー・カンションさんとか俳優もスタッフも繰り返し同じチームとして動いていくという感じですが、僕の場合は毎回毎回変わっているところがあって、そういう感じでいくということがいいことだなあと思うこともあるし、と同時に同じキャストで毎回違ったことに挑戦しているということがすごいなと思うんですね。
三田村 『楽日』は今までとちょっと違うように僕は思っていますが。
諏訪 そうですね。ちょっと違いますね。
三田村 自分もツァイ・ミンリャンファンとして『西瓜』まで全作観ているんですが、『楽日』だけちょっと違うんです。
諏訪 そうですね。ツァイ監督が言っているように、主役が映画館というのもありますね。また、非常に面白いと思うところはツァイ映画の謎がいろいろ見えることもあって、『楽日』はツァイ作品を見る上で欠かせない一本になるかもしれませんね。
三田村 今日ここにお越しいただいている人は、最初の印象でどう映ったか心配な面もあるんですが、そういった方へ後日思い返したときにもうちょっと違うようにこの映画が微妙に化学反応を起こすようなメッセージがほしいのですが。
諏訪 そういうことを今ここでいうと、見終わったばかりの方に邪魔になるかもしれませんが、僕にとってはさっきもいったようにツァイ監督の映画が自分のと大きく違うと思うところは、出演者はどう思っているのかわかりませんが、「何考えているのかわからない」「なんで人間が動いているのか、行動しているのか自分でもよくわからない」で登場人物たちが動いている、という状況なんですよ。
『楽日』の中では映画館に集まってきている人は、映画館に来ているのに映画を観にきているのは約二名だけ。他の人は映画なんて観てないんですよ。映画館は映画をみるという目的の場所なんですが、映画なんてどうでもいいわけです。うろうろして、映写技師もどこ行ったかよくわからないし、映画館で働いている女の子もずっと歩いていますが、何をしているかというと最初は饅頭を届けに行ってぐるっと回ってまた帰ってきて引き上げで帰っていいくだけという、全編通して彼女の行動はそれだけなんです。みんながみんな自分でも何をしているかよくわからないんです。ツァイ監督の映画によく表れるのは「自分でものを捨てたのに自分で拾いにいく」というパターンですよね。鍵を捨てたのにすぐ自分で拾いにいってくるという、自分でやったことが自分を裏切っているということが起きてくる。では彼らはなぜ動いているのか? なぜ行動しているのかというと、目に見えないもの、別な言葉でいうとそれは「神」なのかもしれませんが、運命のようなものなのか、何かわからないものが作用して人間を動かしている。それはもしかしたら非常にクラッシックな悲劇とかに通じるものがあるんですが、かつものすごく現代的な問題、というか、描き方をしているんですね。
三田村 この『楽日』が本当にツァイ・ミンリャン監督の意志で作られた映画なのか、それとも、劇場の魂が揺り動かして作った映画なのかわかりませんね。
諏訪 そういう意味でこの映画は霊と交感しながら作っていたのかもしれませんね。ちょっと危ない世界に入ってきますけど(笑)
三田村 そういう面でも、今までのツァイ監督の映画とは違った印象が取れると思いますし、自分はそういう部分がとても好きなんですね。そこにすごく無限の時間を感じます。今までのツァイ・ミンリャン映画はここで終わる、過去があって現在未来がきっちり決まった中で作られていますが、でもこの『楽日』だけは終わっていくものの向こう側に、また始まりのようなものが続いていくエンドレスな映画のような気がします。自分が出ているわけなんですが大好きな一本、心地よい一本なんです。
諏訪 『西瓜』もそうですがツァイ監督の映画にはどこか怒っている、腹を立てているところもあるんです。見ているときはそういうものが表面に現れているわけではないんですが、なにかこう追い詰められている、ぎりぎりのところを感じるのですが、そういう面ではこの『楽日』は全体のトーンとしてはゆったりとしている気がします。
三田村 そういう点では即効性のある映画ではないんです。多分アジア映画とかツァイ・ミンリャン映画をごらんになっていない方には、ちょっと観たことのない映画だったと思うんです。起承転結、きっちりドラマがあって終わってすっきり爽快な気分になったりセンチメンタルになって帰っていったりするわけじゃない。そのどれにもつかないような空気、温度、湿度といったものを感じとってもらう映画なので、今観終わったときよりもちょっと経ったときにふと思い出してもらったらいい感じになると思います。
諏訪 今日のお客さんは三田村さんがいったような、そういうことを期待してはいないでしょうけど、特に『楽日』の場合は何かを追いかけていく映画ではなくて、全体に流れている時間というものを映画で体験させてくれる、ただそれだけかもしれない。そういう意味ではこういう風にいったらつまらないかもしれませんが現代的だと思います。現代映画の最先端というものはこういうところにあるのだと感じます。たとえばヨーロッパでみてもこういう映画は今やほとんどないと思います。もっともっと保守的で物語というものをちゃんと話すことに終始する映画になっていっている感じがします。その中でより貴重なところを切り開いていっていると思います。しかもツァイ監督は映画を作るというだけでなくそれを人に見せるということを必死にやっているじゃないですか。自分の映画作りを妥協して観客に合わせていくのではなくて、これは見てもらわなくちゃいけない、観客を作り出していかなければならないと。そういう意味でもどんどんエネルギッシュになっているのはすごいなと思います。
三田村 この『楽日』のスタイル、このちょっと見たことのない映画がずっと長いこと観てもらえる、そういうのがこの日本であったらいいなと。もちろんこの映画だけじゃなくてこういう映画を受け取ってももらえる環境ができればとうれしいなと思います。2003年から2006年まで日本には台湾映画が入ってこなかったんです。でも今日いらっしゃった人がこの映画の中で何かを感じとって、やっと今年開いた扉を閉じないようにずっと支えていってもらいたいんです。これからツァイ・ミンリャンの映画がまた次に新しいのが控えているんですが、それがまた東京に帰ってくること、アジア映画、台湾映画が入ってくるその扉を支えていくには今日いらっしゃっているみなさんの力が絶対に必要なんです。もう一度観てみたいと思う人がいてくれればうれしいし、人に勧めてみたいと思ってくれる人がいてくれればうれしいです。是非、力を貸してください。本当にお願いします。
そしてこの『楽日』初日に来てくれたお客さん、駆けつけてくれた大好きな諏訪監督、感無量です。本当にありがとうございました。
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