もう一度蔡明亮
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◆喘ぎ方指導

三田村 『西瓜』はツァイ・ミンリャンワールドの典型的なパターンだと思います。これぞツァイ・ミンリャン! この一言に尽きますね。

野崎 しかも笑えるんですよね、コミカルな面白さがある。そのようなコミカルさというのは撮っている最中にも感じられましたか。

夜桜 もちろん、現場でも感じますね。西瓜を股の間に入れるという点でありえない設定ですよね。頭に西瓜をかぶるというシーンもあって。

野崎 あれいいですね。しかも静かにみなさん黙々と演じられている(笑)。

夜桜 リー・カンションがスカートをはいて西瓜の傘を持って踊るシーンもある。ユーモアがありますよね。

野崎 一方で、見ている側としては追い詰められる気がするかもしれません。笑うか、降りるか。態度決定を突きつけられる。共演されてみてリー・カンションはどうでしたか。映画を見ていると、ちょっと怖い人かなという印象があるんですが。

夜桜 初めてお会いした時は無口な人なのかと思いましたけれど、そんなことはありませんでしたね。現場では和やかで、話し合いながら進めていくという方でした。

野崎 『青春神話』の頃と比べると、貫禄もついてきてすごくりっぱな俳優になったという感想を持ちます。特に『楽日』の中では凄みを感じさせますよね。もう一人、ツァイ・ミンリャン映画には欠かせない女優、チェン・シアンチーはどんな方でしたか。

夜桜 チェン・シアンチーさんは本当に明るい方で、非常に気配り上手な方でした。現場を和ませるだけじゃなくて、スタッフにも気を使われていて、私に対してもすごく優しい。演技の面でも、プロ魂を持っていられる。

野崎 そのプロ魂を試練にかけられているような映画ですよね。僕は非常に感動させられました。特にラスト、気を失ってエレベーターで倒れている夜桜さんをチェン・シアンチーが見つけるところから最後まで、凄まじい迫力ですよね。

夜桜 一番ラストのシーン、チェン・シアンチーさんが柵越しに喘いでいるところでは、私が一度喘ぎ方のお手本を見せたりもしました。チェン・シアンチーさんは演じるということにすごく熱心な方ですよね。

野崎 あの凄まじい迫力のシーンは夜桜さんが指導されていたんですね。あそこでなぜ気を失っていうるのかという説明は監督からはあったんですか。

夜桜 監督からは説明はありませんでしたが、撮影を通して自分なりにそのシーンの意味を想像していきました。クスリ漬けというか、一種の異常な状態なんだという認識はありました。

野崎 細かい監督からの指示はないけれども、ストーリーラインは夜桜さんの頭の中には入っていたわけですね。気を失っている夜桜さんをチェン・シアンチーが運んでいくシーンは大変なアクションですよね。

夜桜 重くてすいません、って感じでしたけど。

野崎 でも、それがあって感動の結末が生まれるわけで。体での表現に徹する潔さ、ごまかしのなさにはびっくりさせられます。

夜桜 リー・カンションも裸になるシーン、お尻が大写しになるシーンがありますよね。AVの男優さんではないので体を張って見せるということが分からなかったり、恥ずかしさがあったりしたと思うんです。前張りのガムテープを貼ったりされていてとても苦労されていましたね。

野崎 映画の中の表情からはあまり覗えないですけれど、彼の方が抵抗があったのかもしれないですね。

夜桜 そうだと思いますよ。

野崎 今回の彼のヌード、というか体は非常に綺麗でした。特に、後ろから彼の裸を撮るところでは、表現力豊かなお尻だと思いました。夜桜さんにとっても強烈な十日間だったでしょうね。

夜桜 そうですね。だから、最後の日は号泣してしまったんです。私自身、最初の初日には自分が泣くところまで気持ちが達するなんて思ってもいませんでした。深い思いが積もりに積もっていったんだと思います。

野崎 撮影中はスタッフ、キャストの方々は一つにまとまっていらしたんですね。

夜桜 そうですね、そして、私自身も無我夢中でしたし。

野崎 台湾に初めていらして、観光したりする時間はあったんですか。

夜桜 一日オフの日があったんです。最初はミュージカルシーンに私も参加する予定だったんですが、上手く都合が合わずに参加できなくなってしまって、そのシーンを撮影する日が一日オフになったので台湾観光をしました。

野崎 撮影時の台湾は非常に暑くて体力を消耗する現場の中で、監督自らがご飯を作ってくださったとか。

夜桜 監督は料理が本当にお上手なんですよ。

野崎 映画の中でリー・カンションが上手に料理しているシーンもありますよね。そういう感じですか。

夜桜 毎日、鍋一杯に料理を作ってきてくださいました。「お腹一杯!」と言っても、次の日も作ってきてくださって(笑)。

 
◆ツァイ・ミンリャン監督にとってのAV

野崎 この『西瓜』という映画は、全体としては7月一杯撮影されていたんですか。

夜桜 私のシーンが一番多かったんですが、それが十日ぐらいでしたので…。

野崎 じゃあ、わりとあっという間に撮影された映画ということですね。勢いで撮っているというのがあるんでしょうね。これほど体の力を感じさせる映画って最近ないですからね。僕はホウ・シャオシエン映画から台湾映画を見始めたんです。そして、台湾映画は静か、というイメージがある。寡黙で、余計なセリフのない映画。型にはまったドラマは絶対に撮らないという意志を感じていました。ツァイ・ミンリャン監督のこの映画は、ホウ・シャオシエン監督の作品とは毛色は全然違うんですが、「言葉は抜き」という意志で映画を押し進めていく感覚は共通だと思うんです。その意志をつらぬいてここまで見せていることに驚きを感じずにはいられないですね。その中で、夜桜さんの存在が後押ししている部分は大きいと思います。『河』では、シャオカンの母親がAVビデオを見ていて、画面の中の喘ぎ声が聞こえてくるシーンがありますよね。そういう意味でも、ツァイ・ミンリャン監督の映画の中には、今までにも日本的なもの・AV的な肉体性というのはちらっと出てきていた、目配せみたいなものはあったと思うんです。それを今回、遂に正面から捉えようとした作品が『西瓜』だと思います。

三田村 『西瓜』はずっと昔から撮る予定の映画だったんですよ、それはそれはずっと前から、もう7年以上前からですね。『愛のコリーダ』を撮りたいから、日本のAV女優を紹介してほしい、とずっと言われてました。逆に『楽日』は撮る予定のなかった映画なんです。

野崎 『楽日』と『西瓜』、非常に対照的ですね。

三田村 静と動ですからね。精神と肉体。二つで一つになっていますし、でも、全然違う映画のようで一緒だったりするんです。

野崎 そうですね、どちらとも見ていただきたいですね。三田村さんは監督自身から『西瓜』の構想について話をお聞きになっていたわけですか。

三田村 この話ばっかりでしたよ。

野崎 台湾映画でここまで性愛に迫るということは難しいことだったと思いますし、そしてその結果が大ヒット。すごいと思いますね。夜桜さんは台湾に戻ってプロモーションしたりされたんですか。

夜桜 撮影が終わって日本に帰国して一年後、映画祭に参加するために台湾に行きました。

野崎 台湾ではこの映画の反応も熱いんじゃないですか。

夜桜 そうですね、向こうではAVというものがあまり表沙汰にざれていないんですが、当然、性に対しての興味はあるわけですよね。だからトークイベントでも真剣な質問が非常に多くされていましたね。

野崎 この映画は、ある意味ではバックステージもの、AV作りの現場を描くという要素もありますよね。そういう意味でも、とても胸打たれる部分がありました。黙々と一生懸命に労働にいそしんでいる。実際に夜桜さんが今まで経験してきた撮影現場とこの映画の中の撮影現場で重なるところはあるんですか。

夜桜 AV現場というのは、みなさんが想像してらっしゃる以上に簡単というのか、単純だと思うんです。一時間ぐらいの作品を、五・六人のスタッフで、長くて二・三日、短い時は一日で撮る。映画の場合は何十人というスタッフさんがいます。そういう面でも全く違うんですよね。撮影が終わったらすぐ解散という形で、AVの現場はとても淡々としていて、作品に対する熱の込め方も全く違いますね。


◆リトマス試験紙のような映画

野崎 演技指導を通して、夜桜さんはツァイ・ミンリャン監督に対してどのような感情を持たれましたか。熱の込め方は強かったですか。

夜桜 とても強いですよね、しかも行動的です。私が思い描いていたものとは全く違った形で、「次はこうして下さい」と監督に言われるので、そのつど自分の幅を広げてないといけないんです。私は素人同然で演技を全くしたことがなかったんですが、それが逆に良かったのかなとも思います。作りこまれたものではなく、自然体の表現を求めていたように思います。

野崎 さっき三田村さんがおっしゃっていたように、能を研究しているということに繋がると思いますね。既成の演技は絶対にいらないから、という思いがあったと思います。僕は直接お会いしていないんですけれども、ツァイ・ミンリャン監督がこの映画のプロモーションで来られていた時の写真を見ると、昔と比べて迫力や威厳が出てきている、自信に満ちているように僕は感じたんですが。非常にのってきている、と。三田村さんは監督とかなり付き合いが長いですけれど、今回お会いしてどう思われましたか。

三田村 特に今回は監督の自信を感じましたね。『楽日』『西瓜』『迷子』と、どれも自信を持って届けられるということの自信だと思うんです。僕自身も、『楽日』『西瓜』、肉体と精神として、二つとも自信を持っています。難しいと思うことがあるかもしれませんが、結果、見てよかったと思われるはずです。

野崎 夜桜さんは『楽日』をご覧になられてどうでしたか、普通の映画とはかなり違った印象を持たれるとは思うんですが。

夜桜 そうですね、ハリウッドの映画とは全く違いますよね。監督の映画に出させていただくまでは、私自身監督のことは全く知らなかったわけですし。実際に見てみると、セリフが少ないし、時間が経つのも非常に遅く感じる。これはいったいどう進んで行くんだろうかという気持ちになるんですよね。でも最後まで見てみると、何か心の中に響くものはありますね、一人一人響き方は違うと思うんですけれど。

野崎 何回見ても発見の多い映画なんですよね。すごく豊かにできていて、一回見て終わりという、使い捨ての映画では決してないんですね。『西瓜』の中の冒頭、夜桜さんとチェン・シアンチーさんが歩いてくるシーンがあります。これも例によって長回しですから、向こうからとことことこと歩いてくるので、「早く来い!」っていう気持ちになる。でも、このシーンを後になって見ると、そうだったんだ、とすごく考えされるんですね。

夜桜 あとで見るとまた違った楽しみ方ができる映画ですよね。

野崎 そういう楽しみがすごくある映画ですね。ただやっぱり、この映画はある種リトマス試験紙だと思います。『西瓜』に対して、「これはすごい!」と思う人と、拒否反応を起こしちゃう人と。ある意味で、そういう経験をくぐるというのはそれ自体、面白いことであり、スリルですよね。

夜桜 そうですね、それはしょうがないですよね。

野崎 そうですね、お金は返せませんけれど(笑)。逆にいえば、それだけ突きつけてくるもの、どうなんだ、と問い掛けてくるものがあるんだと思います。その問いに答える面白さは、見る側としてはとてもあると思いますよ。さきほどの三田村さんの話で非常に良く分かったんですが、『楽日』はツァイ・ミンリャン監督の映画とはまた違う魅力を持っている映画ですね。台湾には、千人程も入る映画館が昔はたくさんあった。そして、それがマンモスのようにバタバタと滅びていくという感覚がその映画館の中で描かれている。ツァイ・ミンリャンの文脈とは別に映画を好きな人は絶対に見ないといけない映画だと思うんですよね。

三田村 終わっていくということのセンチメンタルなものの向こうにあるものとして、始まっていくことの前向きな姿も一緒に描かれていると思うんです。センチメンタルな気持ちと表裏一体になっている力強さも感じ取ってもらえる映画だと思うんです。もちろん今日ここに来られているお客さんはチケットを買われて必ず来てくださると思うんですが、この三作品『楽日』『迷子』『西瓜』は、いろいろな人に紹介していただく中で生きていく運命の映画だと思うんです。みなさんよろしくお願いします。


◆Q&A
野崎 それでは、今日来られているみなさんの中で、このお二人に何かお聞きたいことなどございますでしょうか。

 お話を聞いて、三田村さんがこの『楽日』という映画に出演されるきっかけ、ツァイ・ミンリャン監督と出会われたきっかけはとても衝動的なものであったように思ったんですが、プライベートでも衝動的な行動に駆られることはありますか。

三田村 プライベートも何でも、縁とか運命というものをとても大事だと思っているんです。今ここでみなさんにお会いしているのもやっぱり縁だと思っていますし。そういうふうに思っていくことが楽しいんですね、前向きに生きていけるような気がして。そういう考え方をすると明るくなるし、様々の人との出会いも貴重なものに変わると思っています。

野崎 他の台湾映画にも三田村さんは出演されていますよね、他の映画も見られる可能性はありますか。

三田村 これは、色々な環境が整わないといけないんですけれど。これから撮影が始まる映画もあります。その監督は、『楽日』の撮影の時、アシスタントをされていた学生さんです。今自分で映画を撮れる立場になった、その彼の映画に出演予定です。台湾はは口約束が多いですからね、どうなるかわからないですね、本当に。撮ると言って撮らなかったり、撮らないと言っていて急に撮ったり。遊びにおいで、と言われて撮影だったりしますからね。流されるままに、「果報は寝て待て」と言いますし、今は次の縁や出会いを楽しみに待っているところですね。

野崎 [台湾製造]という映画にも出られていますよね、とても面白そうな映画だと思っているんですが、どのような映画ですか。

三田村 ウー・ミーセン監督の[台湾製造]という映画も実験映画なんですよね。この監督は日本でも公開された『恋愛回遊魚』という映画を作られて、その後、日本では公開されていないんですが、武田真治さん出演の『猫をお願い』という映画を撮られています。その次の作品が、この[台湾製造]なんですが異色ですね。僕はデジタルカメラを持って台湾の女性を撮る、この台湾の女性もデジタルカメラを持って僕を撮る。二人のコミュニケーションはカメラを通してなされるんですね。その姿を後ろから、カメラが追いかけてくる。沖縄の町で宝捜しをしていくというロードムービーなんですよ。公開はむずかしそうでしょ、この映画は(笑)。

 夜桜さんにお聞きしたいんですが、ツァイ・ミンリャン監督は性や性愛に対してどのように感じてられると思いますか。

夜桜 監督は性に関してすごく深い思いがあると思います。昔からAVについての映画を撮ってみたかったとおっしゃっていたようですし、監督自身もAVビデオを見て研究されてきたとお聞きました。でも、映画を撮るということは、AVの撮影とは見せ方が違うものだとも思うんです。この映画『西瓜』の中で描かれているものは、性というものだけではないと思います。男と女の関係、憎しみや愛、友情などいろんな思いが重なり合っている印象を受けますね。

野崎 さきほど、三田村さんがおっしゃったように、この『西瓜』という映画は非常にストレートな愛の映画だと思うんです。それは特にクライマックスで顕著だと思います。そのシーンで僕が感じたことは、リー・カンションとチェン・シアンチー、そして夜桜さんの三角関係ですね。仕事では夜桜さんと、ガールフレンドとしてチェン・シアンチーと繋がっているリー・カンション。最後に三人で愛を築く、という。完全な愛を目指している映画、という印象を僕は受けました。

夜桜 本当に色々な見方ができる映画だと思うんです。三角関係を築いていく映画であったり、チェン・シアンチーは私に対して憎しみもあったりするだろうし、人間の機械的な動きであったりとかすごく色々な見方ができると思うんです。

野崎 そうですね。でも、やっぱり台湾の人たちには、性を直接描くということにすごく抵抗があるはずだと思います。

夜桜 そうですね、日本とは違いますよね。


◆最後に、台風の目から

野崎 それにしても、ツァイ・ミンリャン監督の映画を見ると、言葉は要らないという気持ちにさせられる。言葉というものが非常に虚しく感じられる映画ですね。今日はお二人のお話を聞かせていただいて、自分の出演された映画を非常に愛してらっしゃること、撮影自体が非常に良い体験だったんだということが伝わってきました。というわけで、最後に一言ずつお願いします。

三田村 今日ここに来ていただいたことをすごくうれしく思います。この出会いも縁の一つだと思います。このイベントでの話を誰か知り合いにする、それも一つの縁だと思います。そのような繋がりをどんどん広めていくことで、この映画は成り立つものだと思っています。人から人、心から心へ繋がっていくことで広がっていく、即効性のない映画だと思います。でも、即効性はないけれど持続していければいいなと思います。こういう映画があるということをどんどん紹介して下さい。そうしないと、生きていけないかもしれない、それくらいみなさんが頼りなんですね、どうぞよろしくお願いします。

夜桜 もう話しきったという感じなんですが、とにかく、是非一度見ていただきたいという気持ちです。よろしくお願いします。

野崎 僕も最後に一言だけ言わせていただくと、本当に『楽日』『西瓜』ともすごい映画だと思います。僕が学生の頃だったら、すごいものというのはヨーロッパから来ていた、というのがありました。今は、台湾から台風のように直撃しているわけですが、そのことはなかなか知られていない。全然違うとんでもない方向から、こんな表現が現れてきているということはなかなか届きにくい。だからこそ貴重だと思うんです。今夏公開される映画、『楽日』『迷子』『西瓜』を体験するほかないだろうと思います。今日はトークショーにお越しいただきありがとうございました。
もう一度蔡明亮
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