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◆『楽日』と『迷子』、そして『西瓜』 篠原 今回偶然なんですけれど、三作品を同時に上映できることになって良かったなって私は思っているんです。『楽日』と『西瓜』って全く違う映画じゃないですか。『楽日』は一つの映画館の中で全てが起こっていて、まるでお母さんの胎内の中にいるような感覚。自分というもの全てが包まれているような感覚がしたんです。逆に『西瓜』はオンギャーッと産まれたばかりの赤ん坊のような映画で、もうとんでもないことをやってしまっている。『西瓜』は、ツァイ・ミンリャン組が初めて台北以外の場所、高雄や台中など、いろんなところに出掛けて行って撮られた映画でもあります。 西島 『楽日』ではずっと雨が降っていて、『西瓜』では日照りで水がない。片方は古い映画、フィルムについて描いていて、一方では今のAV、ビデオですしね。 篠原 この二作を続けて見ることができるのは、世界でもないんじゃないでしょうか。結構贅沢ですよね。 西島 かなり贅沢だと思います。あと、『迷子』はどういう経過で作られたんですか。 三田村 『楽日』と『迷子』はセットで企画された映画なんです。最初の企画では一本の映画にしようと思っていて作り始めてたんですね。それぞれの原題は[不見][不散]、この二つが合わさって、別れの言葉になるわけで。始めは45分と45分の映画で繋がる予定だったんですよ。『迷子』の中のおじいちゃんと子供が『楽日』の中の映画館から出て来る。そして、僕が映画館に入っていくところで『楽日』に物語が変わる予定だったんです。 篠原 三田村さんが『楽日』への入口になる予定だったんですね。 三田村 そうですね。そういうふうに、二つはセットになっているとずっと思っていたんですけれども、ヴェネチアに行く頃には別々になっていましたね(笑)。 篠原 なるほど。今回リー・カンションは初めて監督をやるということで、そのために『楽日』の出番を少なくしてほしい、ということで、『楽日』の中では珍しく出番が少ないんですよね。 西島 この二作は時期はかぶっていたんですか。スタッフは一緒だったんですか。 三田村 スタッフはほぼ一緒です。『楽日』の撮影が終わって『迷子』の撮影が始ったんです。 篠原 『楽日』を撮っている時に「長編にするから」とツァイ・ミンリャン監督に言われて、リー・カンションが脚本を書き直したみたいですね。そして、自分の『迷子』も長編にした、と。そういう経緯で撮った映画がロッテルダム国際映画祭のタイガーアワード賞をとってしまうところが面白いですよね。リー・カンションについては、以前からすごい役者さんだとは思っていたんですけれども、今回改めて思ったのが、ツァイ・ミンリャン映画にとても大きな影響を与えてきていたということですね。 三田村 リー・カンションは映画監督の顔になってきましたよね。 篠原 そうですね。ツァイ・ミンリャン監督にとっても心の拠り所のような存在なんですね。 西島 この前のトークショーを見ていると、あまり話をされない人なんだと思ったんですけれど。映画の中ではすごくエネルギッシュですよね。 篠原 特に『西瓜』の中ではたいへんなことをやらされてますよね。でも、前はもっとしゃべらなかったんですよ、ほとんどインタビューが成り立たないくらい。でも、それは自分は役者だからということで遠慮されていたみたいですね。ツァイ・ミンリャン監督と二人一緒のインタビューが多くて、ツァイ・ミンリャン監督自身もよくしゃべられるし。今回は単独インタビューが多くて、「次からは単独にして下さい、ちゃんとしゃべりますから」って、言ってくださいました。今回、彼のことをちょっとわかったと思ったことがあるんです。来日中、みんなで食事に行った時、席がなくて私が離れた所にいたんです。そしたら、リー・カンションは気を遣ってくれて「写真一緒に撮ろう」と言って自分の席のとなりに呼んでくれて。実はとても繊細な人で、常に気配りをしていて、全てを把握しているのは彼なんじゃないかなと思いましたね。彼の掌の上で、ツァイ・ミンリャン監督は好きなことをやってきたんじゃないかな、と思ってしまいました。 三田村 リー・カンションの方がお父さん的ですよね。 篠原 そうですね。「ツァイ・ミンリャン監督はあなたにとってどういう存在ですか」という問いに、リー・カンションはこう答えたんです。「監督は父であり、師匠であり、…そして子供のようでもある」と。そういえば! あの食事会の時、西島さんも来て下さいましたよね。あの時ツァイ・ミンリャン監督とほぼ2時間話し込んでいたのは、西島さんですよ。何を話してらしたんですか。 ◆監督・ツァイ・ミンリャンと俳優・西島秀俊 西島 別にそんなにツァイ・ミンリャン監督と話をしていないですよ。 篠原 なんかすごく真剣にお二人で話してらしたように見えましたよ。ツァイ・ミンリャン監督もすごく真剣に楽しそうに西島さんの写真を撮られていましたし。 西島 そうですね、ものすごく至近距離で写真を撮ってましたね。 三田村 あれは不思議な瞬間でしたよね、どういうコレクションになってしまうんだろうって。眉毛の一部分しか写っていない写真だったりしましたよね。 西島 その写真を見せていただいたりしていました。あとは「ロベール・ブレッソンという監督がいる」と急におしゃって、「あっ、僕、本持ってます」みたいな話をして(笑)。それくらいの話でしたけれど。でもやっぱり、さっき三田村さんが言ったように「俳優に今まで経験した演技は求めない」とおっしゃっていました。そのロベール・ブレッソンの本『シネマトグラフ覚書―映画監督のノート』の中で言っている事とやはり似ているように感じましたね。 三田村 俳優さんの中には、太るから夜は食事されないでいる方もおられると思うんですけれど、そういうのをすごく嫌う監督ですね。何で食べないんだろう、どうして太ることをそんなに怖がるんだろうと。役者だから徹底するっていうのも特に嫌いみたいですね。 篠原 そのままでいてほしいんですよね。西島さんなんかも、あまり演技をされないタイプだとお見受けしているんですけれども。そういう監督の方が相性が良い、というのはありますか。 西島 俳優として言われたことをやるだけなんで、あれなんですけれど。演技かどうかよく分からないですけれど、そうなってほしいと思いますよ、映画の中で。 三田村 西島さんはプライベートでもこんな感じですよね、結構。それがすごいなって思います。プライベートが見えにくいので、決して素を見せない人という印象なんですが、本当はどんな人なんですか。このまんまなんですか。 西島 はい、そうですね…。 ◆「映画を見る」ということ 篠原 先々週ぐらいから西島さんとはよくお会いするんですよね、偶然。映画館に普通に列に並んでいたりするんですよ。満席で入れるかどうか分からない中、いじましく待っていて「どうしましょうか」とか言いながら。でも、周りの方も気がついているのか気がついていないのか…、話しかけないんですよね。 西島 気がついていないんですよ。気がついていても、どうでもいいと思っているかですね(笑)。 篠原 その映画がロベール・ブレッソンの『ラルジャン』だったりするわけですよね。私はちゃっかり座ってみましたけれども、それを西島さんは立って見てましたよね。エリック・ロメールの『三重スパイ』でもお会いしましたし。こんなに映画好きの役者さんも珍しいなと思ったんです。役者さんだから勉強のために映画をたくさん見てらっしゃるんでしょうけれど。 西島 いえ、勉強のためには正直見ていないですね。僕にとって映画は、やっぱり暴力的なぐらい自分の領域を広げてくれるものなんです。否応なく突きつけられるんですよ。もちろん小説でも自分の領域を広げてくれるものはたくさんあるんですけれど、小説とかだと、自分の想像の範囲内でおさめてしまうんです。映画っていうのは、画面の中にすごい瞬間が映ってしまうんですよね。その瞬間に出会うと、「これはなんなんだ」という感覚。ある人の表情だったりとか、人間関係だったりとか。そういうもの、本当に言葉にならないものがツァイ・ミンリャン監督の映画の中に出ているんですよね。人が生きていくっていうことが。文字や文章ではうまく表せないと思うんです。映画を見て、これはなんだって思うことが、僕にとっては体験として大きくて。そういう映画を見たいですよね。映画を見て「よかった」で終わってしまって、別に何も変わらずに帰るのではなくて。2時間前後の時間を経る前と経た後で何か確実に自分の中で人生に対する捉え方が変わってしまう。そういう力を映画は持っていると思いますね。 三田村 西島さんは、テレビとかご覧にならない人なんですよね。 西島 テレビに出ているんですけれどね…。あんまり言っちゃいけないんですけれど。逆に、三田村さんはずっとテレビがついているんですよね。 三田村 音声は入ってないんですけどね。今ここにいる瞬間も家のテレビはついているんです。テレビが消えた瞬間お化けが出そうで、それが怖くて消せないんです。朝4時ごろにテレビが終わりますよね。だから、夜寝ている時に偶然おきてその瞬間だったらどうしようって思ってしまうんですよね。そうなりそうな時はチャンネル切り変えて、その瞬間には立ち会わないようにしています。僕のテレビはこの6年ぐらいは消えないテレビですね。 西島 そっちの方が怖いですね(笑)。消えてた時が怖いです。 三田村 一度あったんですよ。家に帰ったらテレビが消えてた時があったんです、あの時は怖かったですね。そして、どうして消えたんだろう、って思った瞬間についたんですよ(笑)。 ◆『楽日』の中の霊、映るものと映らないもの 篠原 『楽日』の中でも、女の幽霊みたいなのが出てくるじゃないですか。その時の三田村さんの演技はかなり真に迫っていて…。腰が抜けていましたよね。 三田村 お化けが今も怖くてたまらないんですよ。いつか見るんじゃないかと思うと。 西島 まだ見てないんですよね、だったら大丈夫ですよ。 篠原 今は、お化けのシーズンですからね。ここら辺で一度出会ってみたら(笑)。 西島 三田村さん平気そうですよ。 三田村 そうですか? 西島さんは霊体験ってありますか。 西島 僕はないですね。でも一度舞台の仕事で地方に行った時に、カーテンがあって、人が叩いているみたいに揺れていたんです。でもそこには人がいないことがわかっていたので、ひもか何かで向こう側から人がひっぱているんだと思っていて、新しい仕掛けかなんかがあるのかなと聞いてみたら誰もひっぱっていない。それでもやっぱり、カーテンは揺れていて、みんなでワーッてなったことはありますけど。でも、あんまり怖くはなかったですね。 三田村 西島さんが怖がってる瞬間を見たら、逆に僕がびっくりしてしまいますね。 西島 失礼ですけど、三田村さんは一体僕に対してどんなイメージ持ってるんですか(笑)? 三田村 黙々としていそうなかんじ…(笑)。霊といえば、『楽日』の中には霊が映っている、台湾で聞いたんですけれど。 西島 それ宣伝になりそうですね、僕が宣伝するよりも効果的かもしれないですね(笑)。 三田村 5分間客席だけを映した不動のシーンがあるんです。そのシーンで何百人もの霊が見える、というのが台湾のインターネットで流れてました。あの中の映画館は本当に古い映画館なので、そうかなという気もしますし。是非皆さん、一度確かめてみて下さいね。 篠原 私は見えませんでしたけど、分かる気がしますね。あの映画館が出来てから何十年、いろんな人たちがあの観客席に座って映画を見てきたわけですよね。あのシーンでは、その人たちが巡り来て巡り去っていく姿を映しているのかもしれない。そんな5分間だったように思います。私が『楽日』を初めて見た時、ヴェネチアでもあの5分間をむかえて、とても面白い現象がありました。観客席がざわめくんです、初めての上映でしたので、誰も5分間の不動のショットがあるなんて知らないわけですよね。間違いではないか、と後ろを向かれる人もいれば、感動して涙を流されている人もいる。同じ映画を見ても自分がそこにどんな思いを持って入っていけるかで随分違うものだな、と思いましたね。 西島 僕も俳優として、「映るものしか映らない」という戒めはあるんです。でも、映らないことをやっているという感覚も一方ではすごくあるんです、特に映画に関わっている時は。 ◆未知のものに触れるという経験 篠原 映画には特別な力があるように感じますよね、やっぱり。最近、映画館を出る時に「結局何が言いたかったんだろう」とか、「結局この映画は何だったの」なんて言葉が聞こえてくることがよくあるんですが、「それはあなた自身の問題でしょう」って気持ちですよね。 三田村 その質問だけは受けたくないですよね。 篠原 それが言えたら映画なんか撮っていないわけですしね。 三田村 体感して自分で感じる映画を見るっていう経験があんまりないんだと思うんですよ。向こうが与えてくれるものを受け取るだけの映画とは違う映画、そういう映画の経験をこの映画はさせてくれると思います。 篠原 この映画を楽しんで下さる方、西島さんみたいな人が増えてくださればいいですよね。 西島 本当にそう思いますね。少し前に、中原昌也さんと話をした時に、「そういう作品を多くの人が面白いと思ってくれる世の中になってくれないと、僕なんか生きていけないんですよ」っておっしゃっていて。その通りだと思いました。自分が求めているものをただ受け取るだけではなく、全く未知のもの、自分の分からないものに触れるという事は確かに辛かったりもします。でも僕にとっては魅力的で、やっぱり楽しいんですよね。 篠原 映画を見ていて、逆に自分自身の中の深いところに降りて行って、思いを巡らしてしまったりしてしまうんですよね。 西島 いったんはまり始めると、むしろそっちにしか喜びが見出せなくなってくるというのはありますね。そのようなすごい映画が今は多いように思います。過去の作品も含めて、東京は非常に恵まれた環境にあるように思っています。 三田村 でも、東京という恵まれた環境であるにも関わらず、台湾映画というのは暫くご無沙汰だったんですよ。今まで三年間ぐらいは台湾映画の公開は全くなかったんです。ようやく今年、その重い扉が開いて何本か公開されます。台湾映画をご存知ない方多いと思うんですけれど、この映画をきっかけに興味を持っていただければ、周りの方に勧めていただきたいと思います。この重い扉が閉じないように、支えつづけていただきたいです。今開いているのも、継続的なものではありませんし。台湾映画っていうのは人が来ない映画という印象がとても強いみたいで。気難しい映画、難解な映画というレッテルを貼られてしまっていると思うんです。決してそんなことはない。非常にシンプルで、そのために難解にさせているんだと思います。 西島 それにしても、この『西瓜』が台湾で2005年の興行収入第一位ってすごいですよね。 篠原 そうですよね、ハリウッド映画を抑えての第一位ですので。この十年間の全ての台湾映画の中でも一位だったんです。ですから、為せば成る! 日本でも! みなさん、ここに来ていただいたのも何かのご縁ですから、西島さんの姿を見に来られて方もいらっしゃるとは思いますが、よろしくお願いします。 西島 是非、周りの方にも勧めていただきたいと思いますね。 篠原 そして将来、気がついたらいきなりツァイ・ミンリャン監督の作品の中に西島さん出てたりするかもしれないですよね。 西島 いいですね。 篠原 そのためにもどんどんツァイ・ミンリャン監督には映画を撮っていただきたいですね。 西島 諏訪監督とのトークショーの時に、諏訪監督がおっしゃていいたことなんですが。ツァイ・ミンリャン監督に自分の作っている映画がアート映画ということで観客が来ないものだと思っているのはだめだといわれて、考えさせられた、と。何年もかけてキャンペーンをされて、もちろん作品の力もありますけど、その結果、興行成績一位になるのはすごいなと思いますね。 三田村 『楽日』もその年の興行成績一位ですよ(笑)。 西島 これは当然皆さん三枚買ってくれますよね。って押し売りですね。自分が出演していると逆にあまり言えないんですけど。本当にできるだけ多くの方に見てもらいたいですね、きっと衝撃を受けると思います。ツァイ・ミンリャン監督作品を見たことのない人が見ると、何か突き刺さるものがあると。 三田村 実際には『楽日』を撮って二年ぐらい経ってから『西瓜』が撮られたんですけど、同時に見ることが出来るのはすごく恵まれたことだと思います。その間の繋がりとして『迷子』がある。非常に良い機会だと思いますね。 篠原 ぜひ多くの方に見ていただきたいです。でも、この三本だけではなく、このような映画を実際に映画館で見ていただきたいですね、すごく贅沢な体験だと思いますので。 前にシャンテ・シネで西島さんにお会いした時なんかは、映画を見た後すぐに撮影に入らないといけないからって、メークしたまま映画館に来られていましたよね。 西島 映画見るのって大変だなと思う時もありますよね。でも、映画って、その時その瞬間その劇場でしか見れないものだと思っていて。だからこそ、「今、この映画を見る」という選択が僕にとってはすごく大切なんですよ。 篠原 時間もそろそろ来てしまいましたので、何かご質問のある方はいらっしゃいますか。 ◆Q&A Q 三田村さんは『楽日』公開後のご予定というのはどうですか。 三田村 『楽日』を作ったスタッフの中には若いアシスタントの方も多くいたんです。その人たちと2・3ヶ月後に台湾でもう一回一緒に映画を作ります。 Q 西島さんはこの3作品を映画館で見られるご予定はありますか、 西島 もう3作品試写会で見せていただいているんですけれど、また行ければ是非行きたいと思いますね。仕事の合間に行きたいと思っています。 Q ツァイ・ミンリャン監督作品の中と、全映画の中でのベスト3を教えていただけますか。 西島 本当に難しいですね。見れば見るほど映画というものが分からなくなっていて、どの作品も面白くなっていっちゃうんですよね。申し訳ないですが、全映画の中のベスト3は答えようがないですね。ツァイ・ミンリャン監督作品は、『河』が好きですけれど。ツァイ・ミンリャン監督は常に前進している、自分の可能性を押し広げようとしている監督だと思うんです。そういう意味では、やっぱり、最新作が一番刺激的であると僕は思っています。 三田村 初めてツァイ・ミンリャン監督の映画に出会った最初の映画『青春神話』がどんな映画よりも刺激的で自分にとって大きいですね。 篠原 それでは西島さん、三田村さん、そしてここにお集まりいただいたみなさん、今日は本当にありがとうございました。8月26日に、また劇場でお会いしましょう。 |
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