もっともっと蔡明亮!!
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◆撮る予定のなかった映画

三田村 もともと撮る予定のなかった映画ですからね。

篠原 そうですよね、『楽日』の中のあの大きな映画館「福和大戯院」が取り壊されるということを聞いて、とりあえずその映画館を半年間貸してもらったのが、『楽日』を撮るきっかけで。ここで映画を撮りたい、という監督の思いが始まりだったんですよね。そうこうしているうちに期限まで二ヶ月しかなくなったので、みんなで集まって映画館に行った、という。

西島 そういう流れだったんですか。その映画館の外では雨がすごいですよね、それも毎回準備されていたわけですよね。

三田村 そうですね。雨の中映画館に入っていくという最初のシーンを見ると、自分があの三軒茶屋の映画館に雨の中入った時、あの時もこんな感じだったんだろうなと思ってしまいます。それも不思議な縁ですよね。『楽日』は自分こそがこの映画館に入っていくべき映画なのかな、と図々しいんですけれども思ってしまいましたね。

西島 撮影期間はどのくらいだったんですか。

三田村 撮影期間は一ヶ月ですね、普通より短いですね。

西島 ちょっと遊びに来て、って言われて一ヶ月。結構長いですね。

三田村 そうですね、でも監督の頭の中には一ヶ月というのはないわけで。台本がないから、いつ終わるのかも分からないんですよね。その一ヶ月の中で、監督の思い描いた印象というものを作り上げるという形でした。

西島 北野組の撮影と似ているかもしれないですね。僕の出た映画『Dolls』は四季を描いていたので順撮りではなかったんですが。聞いた話だと、『ソナチネ』の時に大杉蓮さんが、東京で死ぬ役だったのだけれども、沖縄に遊びに来ないかと言われて行ったら、一ヶ月撮影で帰って来れなかったようで。やくざ役でみんなどんどん死んでいく話だから、「明日は俺が死ぬのかな」と思いながら毎日撮影していたみたいです。死ぬと東京に戻れる。そして、最後まで残ってしまった、と。

三田村 西島さんの映画はだいたい見ているんですけど、自分自身ではどの映画が一番好きですか

西島 なんですかね…。いや、僕の話はいいじゃないですか。

三田村 ここにおられる人たちは興味津々ですよ。

西島 『2/デュオ』という映画が僕の中では大きかったですね。俳優としてやっていく上でスタートに近いように感じている映画ですね。その監督である諏訪敦彦監督とツァイ・ミンリャン監督のトークショーがあるとお聞きして、先日お邪魔させてもらった時に三田村さんとお会いしたんですよね。

三田村 そうでしたね。その時も、今日のように白のシャツと黒のズボンで、学生さんのようでしたね(笑)。真っ暗な中に映画館があって、そこに諏訪監督がいて、「自分の生徒を今日はたくさん連れてきました」とおっしゃっていましたので、その中に西島さんが紛れ込んでおられて、暗かったので「あっ、学生さんだ」というのが第一印象ですね。あの時は、まさかそこに!と思ってしまいました。

西島 そのトークショーでツァイ・ミンリャン監督は、『西瓜』という映画が台湾で興行収入がハリウッド映画など全てを抑えて第一位になった話をされていましたよね。なぜそういうことが成立したのかというと、ツァイ・ミンリャン監督が台湾中を周って観客層を育てていったんだ、と。面白い映画というものは、決してハリウッドの映画だけではないし、映画というのは、決してそれだけではない。自分の中のいろんなドアを開けてくれるようなもので、非常にクリエイティブなものだとおっしゃっていました。たくさんの観客層を自分達で広げていったという話を聞いた時は、すごいと思いましたね。実際に主演者と一緒に車で移動しながら、大学などで講演してらした、と。

三田村 そうですね、キャンペーンカーで台湾中を70ヶ所、大きな都市から小さな町まで周ったんです。それこそ、喫茶店の小さなスペースから学校の大きな講堂まで、くまなく回ったんですよ。日本でも同じだと思うんですけれども、台湾でもツァイ・ミンリャン監督の映画は難しいと思われているみたいで。そのような思いを払拭したい、まずは自分の目で見てほしいという思いからスタートしたみたいですね。そして『楽日』で5万人の観客動員を達成し、『西瓜』では13万人とどんどん大きくなっています。テレビや雑誌ではなく、人から人に繋がっていった、人から人にメッセージを伝えていった成果だと僕は思っています。日本だとやっぱり、ツァイ・ミンリャン監督の映画は難しい映画と思われることが多いですよね。眠くなるんじゃないのかな、なんて思われている方もいると思いますが、体調を万全にして見に来て下されば、絶対大丈夫です。体調が悪い時に見るとどんな映画でも眠くなってしまいますからね。是非とも良い印象を残していただきたいです。


◆『楽日』での演出

篠原 それでは、演出の事をお伺いしましょう。三田村さんはツァイ・ミンリャン監督の現場にずっといた数少ない日本人ですよね。どのような演出をされたのか根堀り葉堀り聞いてみたいんですが、台本がなかったんですよね。

三田村 そうです。『楽日』に関しては台本はありませんでしたし、他の映画とは違って演技というのも全くなかったです。ツァイ・ミンリャン監督がやってほしい動きの通りに役者が動く。その通りに動くことが大事だったんです。ツァイ・ミンリャン監督は台湾のトップ女優であるヤン・クイメイにも、「TVドラマや映画で鍛えた演技は一切忘れてほしい」と強く言っていましたね。今までの演技は全て忘れて私の言う通りにやれるかどうか。それがこの映画の勝負だとおっしゃってました。呼吸から間の取り方、動き全てが監督の求めているものなんです。ですからさっき西島さんに褒めていただいた相手は、僕ではなくてツァイ・ミンリャン監督のことですね。今回の『楽日』に関しては、監督の動きが全てだったわけです。あと、ツァイ・ミンリャン監督は能舞台が好きで、日本に来る時は能を毎回見ている。その動きを俳優さんにも求めていましたし、能のエッセンスがこの『楽日』にはふりかかっていると思います。

西島 撮影が朝までということは、何シーンかを撮っているわけですよね。相当時間がかかっているのは、準備に時間がかかるんですか、それとも本番のテイク数が多いんですか。

三田村 監督の頭に撮りたいものが浮かんでくるまでに時間がかかるんです(笑)。日本ではあまりないですよね、きっと。

西島 日本ではあまりないですね。そういう撮影の仕方がしたくないわけではないと思います。監督は余裕を持って撮影をしたいはずですけれど、やっぱりそれだけの余裕がないということですね。『楽日』の撮影では、実際に撮りたいものが監督の頭に浮かんでから、それをクルーに伝えるわけですよね。そのクルーは多いんですか。

三田村 クルーは多いんですけれども、みんな気心の知れている人たちばかりですね。撮りたいものが浮かんだら、パーっとクルーの間に広がって撮影が始ります。もう一つ、『楽日』でのツァイ・ミンリャン監督の特徴は、編集でフィルムを切ったりはしないことです。切るぐらいなら最初から撮らないほうが良い、と監督自身が言っていましたね。

西島 そうなんですか! すごいですね。

三田村 実は『楽日』の撮影の為に、繁華街から美少年を何人かスカウトしてきたんです。映画館のロビーで男性同士でセックスするシーンを撮る為に来てくれたんです。撮るつもりでいたんですけれども、「それはない方が良い」と監督が思い直して。カットするぐらいなら、最初から撮らない方がよいということで、撮影の前に彼らには帰ってもらったんです。

篠原 映画館の観客席に座ると映画館が「こういうふうに撮ってくれ」、「これを撮ってくれ」と言ってくるんだということを監督はおっしゃってましたね。本当にそうだったんですね。「今日はこう撮ろう」と思いながら映画館に行くけれども、実際に現場に行ったら、映画館の中に入ったら、いろんなものが彼の中で生まれてくるんでしょうね。

西島 本番は何回ぐらいされるんですか。間とか呼吸とか、求められること全てに答えようとすると大変だと思うんですが。

三田村 同じシーンでもイメージが固まるまで形を変えながら何度も何度もやっていきますね。

西島 何十回とかテイクを重ねることもあるということですか。

三田村 そうですね、何十回も、ですね。ちょっとずつ形を変えながら。

篠原 その時はフィルムも回しているんですか。

三田村 回してましたね。『楽日』ではわがままし放題ですね。撮りたいままに撮っていくという。


◆同じキャストで映画を撮っていくということ

篠原 ウォン・カーウァイ監督みたいですね。

西島 ウォン・カーウァイ監督の撮影では誰も今どこを撮っているのか分からないと聞きましたが。

篠原 台本は一応あるんだけれども、現場で変わってしまうので誰にも見せないんですよね。

西島 そのような撮影スタイルはスタッフ、キャストが相当柔軟性がないと成立しないですよね。

篠原 気心が知れていないと、「ツーカーの仲」でないととてもできないですよね。

西島 今回三田村さんはどうでしたか、ツァイ・ミンリャン監督の現場は初めてですよね。

三田村 初めてですけれど、十年間の付き合いがありますので。ツァイ・ミンリャン監督の現場ではみんな気心が知れていますね。

西島 日本では同じキャストで映画を撮っていくというのが近頃はそんなにないんですよね。かつては、日本もそうであったんですけれども。

三田村 そうですね、日本ではあまり聞かないですよね。

西島 だから、そのことを逆に海外の監督から「なぜなんだ」と聞かれることがあります。僕も毎回使ってほしいですけれど(笑)なかなかそうはいかないみたいですね。同じキャストで映画を撮っていくことって、僕はとても素敵なことだと思います。以前、アキ・カウリスマキ監督と対談した時に監督は「どうして役者を変えないといけないんだ、僕達は一緒に年を取っていくのに。その中で自分たちが感じたことを作品の中で表現していくんだ」とおっしゃっていて。そのような関係はうらやましいな、と思いましたね。

三田村 でも、西島さんはいろんな素晴らしい監督さんと仕事をしてきていますよね。

西島 ありがたいことだと思いますね。

三田村 数少ないですよね、本当に。浮き沈みの激しい日本の芸能界の中で。

西島 浮いてないんでね、沈みようがないっていうことなんですけれども。今日来ていらっしゃる方は皆さん三作品『楽日』『迷子』『西瓜』の中から一つチケットを買われているんですよね。皆さんどれを買われたんでしょうね。

三田村 『楽日』を買われた方いますか。

篠原 やっぱり一番多いですね。

三田村 実はスタッフから聞いたんですけれども、『西瓜』のちらしを持っていかれる方は9割が女性みたいですね。逆に、『楽日』は男性が9割ぐらいで、それが結構意外でした。

篠原 『楽日』という映画は、ツァイ・ミンリャン監督の映画の中でも特に純粋というか、本当にシンプルで多くのものが削ぎ落とされている。だからこそ、その中から、ものすごいピュアさが表れているように思います。

西島 そうですね、それは感じますね。

篠原 ツァイ・ミンリャン監督作品を好きな方は、『楽日』を気に入られるように思います。西島さんも試写に来ていただいて、「いやー…」って言葉が出ない状態でしたよね。

西島 楽しかったですね。

三田村 これが、すごく賛否が分かれるんですよ。時間の流れだけを捉えているということで、これのどこが映画なんだと、言われる方がおられたりして。僕としては逆に、自由に撮っているその姿を感じ取ってほしいんですけれど。シンプルであるがゆえに見るとき見るときで感じ方が変わる、珍しい映画だと思います。街のシーンは全く出てきません、ただ映画館だけが出てくるわけで。これにドラマがあるのかって聞く方がおかしいような映画だと思います。僕は一人のお客さんとしてこの映画を見て、何もない瞬間を客観的に見るというのがすごく面白かったんですよね。たわいもない瞬間に、自分の今までの経験、想い出を投影してしまっていて、自分の中で映画が変わっていったのを感じました。最初の印象と二回目を見たときの印象と言うのが全く変わってしまっていましたね。もともとツァイ・ミンリャン監督の映画は一過性の映画と言うよりも、ずっと大事にしたい映画、何度も見たい映画ですから。皆さんも『楽日』を見に行くのを楽しみにしていてくださいね。


◆意外な観客

西島 三田村さんは、ヴェネチア映画祭には行かれたんですか。

三田村 いえ、行っていないです。参加したのは東京国際映画祭以降です。ツァイ・ミンリャン監督から、この映画に関しては色々言われていたんですね。言ってはいけないことなど、最初に決め事がたくさんあって。まずは、「役者ではない」ということをインタビューでは言わないといけない。ツァイ・ミンリャン監督の一ファンがある日突然映画に出てしまった、ということで。

篠原 台湾の宣伝としては、そう言わないといけなかったわけね。

西島 そうなんですか、厳しいですね。

三田村 「何をしていましたか」と聞かれると「普通の人です」と答えないといけない。そのような決め事があったわけです。

篠原 西島さんだとばれてしまいますね。

三田村 だからどこにも行けず、悶々と『楽日』が上映されているのを見ていました。

篠原 でも、東京国際映画祭からは色々と外国にも行かれていますよね。

三田村 はい、東京国際映画祭以降は様々な場所に参加させていただいています。フランスのナント三大陸映画祭で若い世代の観客賞をいただいた事が僕にとっては非常に嬉しかったことですね。若い世代の観客賞っていうのは、ツァイ・ミンリャン監督の作品を知っている人なら、きっとありえないと思いますよね。しかし、今の若い子達は支持してくれた。台湾でも同じように意外な現象がありました。『楽日』をどんな人たちが見てくれているのか、大人の人が見てくれるのかと思っていたら、劇場は高校生で一杯だったんです。何でだろう、と不思議に思う一方、若い人にも支持してもらえているという事が一番嬉しかったことですね。

西島 映画が好きな方、劇場に行くのが好きな方は絶対に『楽日』は好きだと思うんですけどね。僕なんか、なんとなく追い詰められそうになった時はとりあえず映画館に行って映画を見ます。そうすると「あぁ、大丈夫」という気持ちになれるんですよね。そういう人にとっては、間違いなく観ていて何か感じることができる映画だと思います。

三田村 そういう人が増えていってほしいですね。

西島 でも、台湾では多くの高校生が見てくれていたということで。本当にどうしてなんでしょうね。

三田村 台湾の高校生にとっては、今まで見ていたハリウッドや日本の映画とは全く違うもので、アトラクションに来るような感覚だったのかもしれませんね。「こんな時代のこんな古い映画館の中に自分がいる」という感覚がとても楽しかったという感想を言ってくれる人がいて嬉しかったですね。

西島 この劇場、本当に迷宮みたいですけど、実際の劇場なんですよね。

三田村 実際の劇場です。一度行った場所には二度と行けないという劇場。迷子になってしまいますね。目印を付けながら撮影現場に行かないと、戻って来れなくなってしまうような(笑)。半地下と半二階があって、非常に複雑な作りになっているんです。倉庫裏のシーンもあります、その実際の映画館の魅力が見ている人に伝わってほしいですね。

西島 映画館という場所自体が面白いというか、そこだけで映画的な雰囲気を持っていますよね。

篠原 今日本では映画館がどんどん増えているわけですけれども、それはシネコンと呼ばれる十数個のスクリーンを持っていて、主にハリウッド映画や日本の大ヒットする映画を上映している映画館ですよね。その一方で、『楽日』の中の映画館のように、昔の映画を上映している大きな映画館や、三軒茶屋にある映画館もまだ残っている。この映画を見てから特に強く思うようになったことは、私たちが映画に何を求めるかっていうことです。さっき三田村さんが言っていたように賛否両論あって「これは映画ではないのではないか」と言われることもある。要するに、ハリウッド映画に慣れていると、こういう映画は面食らってしまうかもしれないですね。でも見ている間にいろんな事を考えたり、感じたりして、爆発的に大きなスペースに自分がいるような感覚になることがあります。

西島 僕もそう思います。

三田村 『楽日』という映画は、ツァイ・ミンリャン映画ファンの人は嫌いな映画だと僕は思っているんです。そういう方は是非、嫌いだと思わないでもう一回見てほしいといます。

篠原 そんなことないと思いますよ。ツァイ・ミンリャン監督の映画を好きな人は『楽日』が一番好きと言う方が多いですよ。

三田村 ツァイ・ミンリャン映画ファンの人は、リー・カンションがいてチェン・シャンチーがいて、二人のラブロマンス、ポップで楽しいものを求めていると思うんですが。

篠原 そんなことないですよ、お隣には『河』のファンもいらっしゃいますし。

西島 …そうですね。もちろんミュージカルがあって楽しいツァイ・ミンリャン映画も好きですけど、僕は『河』が好きで、『楽日』も好きです。

三田村 こういう映画を受け入れる器を作っていただければと思いますね。
もっともっと蔡明亮!!
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