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◆ 三田村恭伸登場! 蔡 この『楽日』のなかで、ひとりの日本人が出てきます。雨のなかで映画館にとびこむというその役、三田村恭伸さんが、今日この会場に来ております。お呼びしましょう。 (拍手) 蔡 実は三田村さんは、ずっと私の映画のファンで、1992年に東京国際映画祭で私の作品が出たとき、一番前に座って見ていてくれたのが三田村さんでした。彼は舞台の俳優さんをやってらしたんですが、『楽日』でも素晴らしい演技を見せてくれました。実は、『楽日』に日本人の俳優さんが必要となったときに、三田村さんにやってもらったらどうかというのを推薦したのはシャオカンなんです。 三田村 はじめまして。『楽日』の三田村恭伸です。最初トークの流れが『西瓜』寄りだったんで、ずっと心配だったのですが(笑)、ここはユーロスペースということで『楽日』から応援に来ました。この『楽日』を見れば、さきほど上映していた『ふたつの時、ふたりの時間』で見ていただいた映画館の迷宮がもっとわかってくるんじゃないかと思います。『楽日』に出てくる俳優さんはみんな自分も含めて、おどろおどろしい気色悪い人たちばかりなんですが(笑)。 この『楽日』がずっとさ迷っていて、公開できないんじゃないかとか、配給をしてくれる会社が見つからないんじゃないかという心配があってずっと不安だったんですね。しかし、ようやく来月、満を辞して公開できることになって、本当に嬉しく思っています。この映画が、どうして公開できないんだろうと考えたときに、いまだかつてない映画で、日本で公開されたことがないジャンルの映画だからだと思います。そういういまだかつてないものを体感しに、是非映画館に来てください。以上です。 蔡 三田村さんの心配というのはよくわかります。どこが配給してくれるかというのは本当に問題でした。ですから、今回プレノンアッシュが私の映画を三作続けて配給を決めてくださったことをとても嬉しく思います。私の作風のような映画は興行的にはとっても難しいのです。 今までよく言われたのが、「『楽日』や『迷子』のような映画に誰が出資したのですか?」ということです。確かに、このふたつの作品に出資してくれる人は誰もいなかったので、私と李康生は、自分たちのお金で撮りました。それでもなぜ『楽日』のような映画を撮ったかというと、映画館が「私を撮れ」と言っていたからです。 この『楽日』で撮ったような映画館というのは、私の育ったマレーシアに数多くあって、私は幼い頃、よく映画を見に行きました。でも、気がつけばそういう映画館がなくなってしまった。そして40歳くらいの頃から夢のなかにしょっちゅう映画館がでてくるようになりました。夢のなかで、昔の映画館の廊下の雰囲気などがよみがえってきました。それで自然にこの映画を撮るようになったのです。 中原 じゃあ、あの映画館は美術として作ったところはひとつもないんですね。 蔡 ええ。埃さえも、そのままです。埃もぬぐわないように指示しました。 蔡 やはり私たちのこの二本の映画は本当に興行的に難しい作品だと思います。『迷子』も内容的には華やかな作品ではありません。孫を見失ったおばあさんが、ひたすら探し続けるという非常に地味な内容です。ですから、当時映画祭で上映されたとき、プレノンアッシュの方が気に入ってはくれたんですが、このアートフィルムを上映できる状況があるかどうかは難しいです、と言われました。 でも一晩で、プレノンアッシュの方たちを説得して、買ってもらうように口説きました。それは、台湾でのこの作品をかけたときの宣伝をどういうふうにやったかという経験をお話したからです。私はこの映画を配給するときに、ほとんど0に近かった私の観客を5万人まで増やすということをやってみました。 中原 その台湾での宣伝方法は詳しく知りたいですね。話によると、駅前で自らチケットを売ったとか、草の根運動ですね。でも、それじゃあ5万人にはつながらないでしょう! 蔡 台湾で2001年に『ふたつの時、ふたりの時間』をかけたとき、私はほとんど観客をもたない映画監督でした。私の映画をかけてくれる映画館もありませんでした。そこで、ある映画館を借りて上映しようとしました。ちょうどここよりもう少し小さい110席の映画館でした。しかし、上映5日前になって、ネット上で売れたチケットはたったの5枚でした! いくら外国の映画祭で賞をとっても、それが当時の私の台湾での現実だったのです。 中原 そのときのドキュメンタリーは撮っていなかったんですか? 蔡 残念ながら撮っていませんでした! そうでもしなければ、私の映画を見に映画館にチケットを買いに来るということはありえないんです。向こうから来ないのであれば、こちらから売りに行かなければならないのです。観客が多くの映画のなかから、私の映画を選んでくれるということはありえない。彼らが選ぶのは、ハリウッド映画のようなわかりやすい映画です。しかし、こちらから売りに行って、目の前にチケットをつきつければ、買うか買わないかの二択になるわけです。 中原 それはすごい! 蔡 ところが、『楽日』の公開が始まると、毎日500人もの人が来て、客席は埋まり、満席が二週間続きました。ですから映画館の人にとってもこの結果は快挙でした。観客にアンケートに答えてもらい、その結果を映画館に渡しました。そこでは、多くの観客は今まで見たことがない映画を見たと言っていました。 その後も、私は新作のたびに宣伝に力を入れてきたわけですが、そのとき作った5万人の固定観客というのが、大きな原動力となって、『西瓜』のときは13万7千人を動員しました。そのうちの5万人がそのときに作り出した観客です。 中原 じゃあ、今日は会計をしてもらわないまでも、監督には、チケットを皆さんの目の前につきつけてもらいましょう(笑)! 李康生も一緒に! 蔡 なぜそういうふうにやるかというと、これは現代社会と関係しています。今の若者はハリウッド映画ばかり見て育っていますから、わかりやすい映画を見る習慣しかありません。こういう若者たちに、チャンスを作って、こちらから提示していかなければいけません。わかりやすい映画しか見ない、映画を見ても考えないというのは、社会的にも大きな問題だと思います。 蔡 このような宣伝の方法というのは、私が台湾の若者たちと一緒に作ってきたものです。 中原 僕の希望としては、世界の映画館を救うために、全国主要都市の映画館で『楽日』のリメイクを撮ってほしいですね。 蔡 ですから、観客も一緒に映画を作っていくんだという状況をわかってもらって、一緒に参加していただけると嬉しく思います。私のこのような映画を気に入っていただければ、見たことのない回りの人たちにどんどん宣伝していただきたいと思います。 私の新作《黒眼圏》という作品は、今までの私の作品より、興行的に難しいかと思いますが、ますます宣伝に力を入れていきたいと思います。 中原 それでは、より強引なチケット売りが展開されるわけですね・・・(笑)応援します。では、最後に出演者の方から一言ずつお願いします。 李 是非これからも僕らの映画を応援していただけると嬉しいです。ここでひとつ、つけ加えたいのが、今日の『ふたつの時、ふたりの時間』にもお父さん役で登場していたミャオ・ティエンさんは、もうお亡くなりになってしまったわけですが、彼の遺作となったのがこの『楽日』と『迷子』というふたつの映画です。是非ミャオ・ティエンさんの姿を観に劇場に足を運んでいただけたらと思います。 三田村 今、蔡監督の方から、しきりに難しい映画だという話が出ましたけれども、けっしてそんなことはないです。ほんとに映画を愛して、映画館をすごく気に入っていて、DVDとかビデオとかじゃなく、こうやってシアターに来るのが好きな人だったら、絶対好きになる映画です。是非、周りの人や友達を連れて、映画館にいまだかつてない映画を体験しにきてください。 中原 お疲れさまでした。出来る限りの応援をいたします。 蔡 また機会があれば、是非、中原さんとこういう対談の機会を持たせていただければと思います。外でチケットを売っておりますのでよろしくお願いいたします。ありがとうございました。 |
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