もっともっと蔡明亮!!
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◆ 不可解?! 李康生

中原 なるほど。蔡明亮さんの映画も不可解なんですが、それ以上に不可解なのは、李康生さんです。映画のなかでも不思議な存在感ですが、今日お会いしても全然つかみどころがないな。シャイな方なんですか?

 僕は普通ですよ。

中原 そうですか?!

 たぶん僕はどこにでもいるような、身近にいるようなタイプだと思います。蔡明亮監督の映画のなかでは、とても自然に演じています。ですから、皆さんも僕を身近にいるような存在と思ってくださっていると思いますが。もともと、そんなにおしゃべりな方ではないのですが、蔡明亮監督の映画に出るようになってセリフがものすごく少ないので、ますますしゃべらなくなりました

中原 (笑)やっぱり普段はいきなり『青春神話』みたいにヘンなポーズとったりとか、新作の『西瓜』みたいに思いっきり笑顔で歌を歌ったりとか、『ふたつの時、ふたりの時間』みたいに、ゴキブリを素手でつかんだりとか、してるんですか?

李 あれは役柄です。

中原 普段はまったくヘンなことしてないんですか?

 普段は正常です。

 たぶん李康生は自分の正常じゃない部分にあまり気づいていません(笑)。


◆ 人間はゴキブリだ

中原 さっきゴキブリの話が出ましたけど、なぜ監督の映画にはゴキブリがいっぱい出てくるんですか?

 それは、演出としてゴキブリを配した場合もありますし、ゴキブリが自然に撮影現場にやってきてしまう場合もあります。

中原 ゴキブリの出現率が異常に高い現場だと思うんですけど(笑)。

 以前の作品で『Hole』という作品がありますけれども、そのなかにもゴキブリが出てきます。人間も、ゴキブリと同じように厳しい環境でも乗り切って生きていかなければいけない。生命力をもって生きていかなければならないんです。

中原 新作の『西瓜』を見せていただいたんですが、今回ゴキブリ出てこないなあと思っていたら、代わりに台所で蟹がいっぱい出てきたり、チェン・シャンチーの居間に『パピヨン』(74年フランクリン・J・シャフナー監督、刑務所に収容された男がゴキブリやムカデを食べるシーンがある)のポスターが貼ってあったりしましたね。やっぱりゴキブリつながりですかね。蟹を食べているシーンが、まるでゴキブリを食べているように見えました。

蔡 潜在意識のなかに眠っていたものがいろいろと呼び起こされてきているんですね。たとえば、その『パピヨン』のポスターですが、シャンチー自身が、孤島で取り残されているというイメージのなかで浮かんできたのです。(『パピヨン』には島も出てくる)

中原 そういうことですか。ゴキブリつながりじゃないんですね(笑)

 人間はいろんな困難に直面したときに、往々にして、本能として動物的なものがでてきてしまうんですね。たとえば『西瓜』では、正常と非正常なものを描き、現実の場面でも、彼らがまるで昆虫であるかのように描きたかったのです。映画のなかでは、李康生が網の上で眠ったり、壁をつたっていったり、愛の行為でさえも、昆虫のように見えます。


◆ AV業界で働く人々へ

中原 今回、李康生さんは脱ぎまくってますけど、本番ではなかったんですか?

 たぶん映画を見ていただければおわかりになると思います。

中原 かなりきわどいシーンもあって、鏡越しに性器が見えたような気がしたんですが、あれはホンモノですか?

 日本で『西瓜』のような映画を公開するというのは、私にとって非常に大きな意味があります。日本はAV王国ですから、AVを見る観客層も数多くいれば、AVの作り手も多くいるわけです。その人たちが見ても、嘘っぽくないように作るということが、私にとってのチャレンジでした。

中原 やっぱり日本のAVを研究されたんですか?

 台湾ではテレビ局でAVのチャンネルがあって、そこでよく見ていました。この『西瓜』を撮るにあたっては、たくさんの日本のAVを見て、研究しました。

中原 あのAVクルーは、ふざけているとしか思えないです(笑)。人数も少ないし、なんか、いちいち桶から、ペットボトルで水を汲んで、上から水をばちゃばちゃかけてたり。シャワーとかつけっぱなしにすればいいのに。あ! 水がないんだ!

 AVの撮影クルーのシーンですが、彼らはとても真面目にAVを演出しているという風にうけとっていただいた方がいいかもしれません。浴室でシャワーを浴びているときにセックスをするというシーンでの、ペットボトルの水は、水がないという設定からきているものですが、まあユーモアです(笑)。

中原 関係ない物音もバサバサ入っていましたけど(笑)。

 それが撮っているという現場のリアル感なのです。ちゃんと彼らはプロとして仕事に徹しているという設定なのです。

 実は、この作品は、去年の東京国際映画祭で上映されたんですが、そのときのティーチ・インのときに、ある女性が立ち上がって質問をしてくれました。彼女はAVビデオ会社で宣伝をしている人なんですが、彼女はこの『西瓜』を見てとても感動してくれたと言ってくれました。私の作品にはAV業界で働く人たちの寂寞感、淋しさが描かれていると言ってくれました。私はとても嬉しかったです。


◆ 映画館の亡霊

中原 寂寞感、ですよね。『楽日』もそれに満ちていて、見終わって非常に寂しい気持ちになりました。

 『楽日』の本当の主役というのは、古い、今にも壊れそうなあの映画館なんです。もうすぐ死にかかっている、瀕死の映画館なので、人間と同じように死に直面したというふうに描きました。

中原 ピーター・ボグダノヴィッチの『ラスト・ショー』(’71)とかを思い出したりしているうちに、だんだんホラーっぽくなってきて、ランベルト・バーバラの『デモンズ』(’85)を思い出したりもしました。

蔡 『楽日』は、今までで一番気楽に力を入れずに撮れた映画でした。毎日私は映画館に撮影に行って、まずは客席に座って、じっと考えて、一日にシーンを四つだけ撮ればよかったのです。ライティングをしながら、この映画には、脚本がなかったので、脚本の代わりに映画館と対話をしました。私の昔の記憶を脚本のようにして、この映画を作っていったのです。この映画館と対話をするというのが、私にとって非常に楽しく、このときはとても気楽に映画を撮ることができました。

 確かにさっき中原さんがおっしゃったように、この映画はホラーっぽいところがあります。私が最初にこの映画館に行った頃は、毎日二本立てをやっていたんですが、ほとんどが観客がいなくても、1000席以上ある大きなホールで、二本立ての映画が流れているわけですね。まるでその空いた客席にはたくさんの幽霊や亡霊が座っているような感じがしたのです。そして、映画館自体もとても古く怪しい雰囲気がありました。

中原 そしてその映画館のなかでの李康生さんの役っていうのは、これは別の役って思ったほうがいいんですかね? 今まで他の作品では一貫してひとりのキャラクターという感じがしましが、今回のは、別な印象を受けました。

李  僕が演じているのは映写技師ですけれども、ちょうどその時期、『迷子』の撮影時期で忙しく、蔡監督に頼んで、出番を少なめにしてもらいました。しかしながら、僕の演じたこの映写技師は『楽日』のなかで映画館の魂のような役なのです。
もっともっと蔡明亮!!
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