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この映画は、現在ではもう失われてしまった、兵士たちの名誉、生命についての映画です。
私は日本の「侍」の精神に個人的に興味を持ち、黒澤監督の映画などを観るにつけ「簡素化された動き」ということに興味を持ちます。そのような「無駄のない動き」は、洋の東西を問わず、侍や兵士のもつ「リズム」なのではないでしょうか。
そしてもうひとつのテーマは、初めて人間に向けて重火器が使われた戦争を描いているということです。ただ引き金を引くだけで、誰を殺しているかもわからない状況になってしまった。その究極のものが現在の核兵器であるといえます。
ブルガリア人である私がイタリアの歴史上の人物を演じるにあたって、オルミ監督は私に全く準備を求めませんでした。それどころか、事前に脚本も渡されなかったのです。撮影にあたっては、イタリア人たちの中で私は全くの異邦人です。最初は困難に直面して、監督に怒りを感じた事もありました。しかし、いつの頃からか、自分の中に答えを見つけるしかない、と思うようになったのです。そうすると、監督が私に何を求めているのか、目を見るだけでわかるようになりました。これは、監督の演出法だったのだと後になって気づきました。私は、まさに映画の中のジョヴァンニのような環境に置かれていたのです。
監督は1ミリ単位でディテールにこだわるのですが不思議なことに、とても軽い感覚で光と空間を生かすことに成功していました。画家のように、フェルメールのように。
この映画の撮影は、「ジョヴァンニを演じる」のではなくまさに私が「ジョヴァンニになっていく」過程でした。だから撮影が終わってからもなかなか自分の中からジョヴァンニが抜けなくて困りました。しかし最初に完成した映画を見たとき、そこではじめて自分の中からジョヴァンニが抜けて行き、新しい自分に生まれ変わったような気がしたのです。自分自身が以前もっていなかった感覚が強くなった。罪を許すことができるような人間になれた。自分を裏切った人を、ほほえみで赦すのは、なかなか難しいですよね。オルミ監督の映画は、人間の中に存在している価値あるものを引き出し、発見させてくれる映画です。騎士道の感覚は、誰もが心の奥に眠らせている。そう感じることで、ずっとシンプルに楽に生きて行けるのではないでしょうか。
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