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ゴダールは上の二枚の写真を見せながら、ホークスには「女と男の違いを区別できなかったのだ」とそう指摘していました。「リバースショット」というのは、こんなふうにものごとを対称的な構図の中に置いて切り返してみせる映画の手法ですが、ホークスのこのリバースショットに対して、どうしてゴダールが異議を唱えるのかというと、皆さんもご承知のとおり、現実の社会において女と男は決して平等でもなければまた対等でもなく、そこにはつねに不公平な権力関係があるのに、ホークスはあたかも女と男が平等で対等であるかのように撮ってしまっているからで、つまり「違いを区別できない」というのは、両者のあいだの不平等で非対称的な関係を認識できていないということです。
『アワーミュージック』のなかに、レルネルというイスラエルから来た女性ジャーナリストとマフムード・ダーウィッシュというパレスチナの詩人がインタビューの席で対話するシーンがありましたが、ゴダールはこのふたりをリバースショットでは撮っていません。常に斜向かいになったすれちがいの構図で撮っていました。それは現実の世界でのイスラエルとパレスチナの関係が決して対等でもなければ平等でもなく、また平和的でもないからで、だからゴダールは映画とはいえ両者をリバースショットでは撮らないわけです。
またその講義の中でこんな質問がありました。
「ゴダールさん、デジタルカメラで映画を救えますか?」
この質問に対してゴダールは返答せずに沈黙でこたえていましたが、それはおそらくデジタルカメラの原理であるデジタルという仕組みそのものが、あらゆるものごとを「1」と「0」つまり「あるもの」と「ないもの」あるいは「存在するもの」と「存在しないもの」という圧倒的に不平等で、かつ非対称的のなものに分断してしまうからで、そうした根本的に不公平なシステムに、なんであれものごとを救うことができるのだろうか、という考えがゴダールにあって、それでその質問に対して沈黙で答えたのではないだろうか、と思うわけです。
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