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まず、大文字の歴史の話からすると、第二次大戦中、フランスがナチス軍によって占領されたとき、ド・ゴールは「自由フランス」同盟軍をたちあげ、フランス国民にたいしてドイツ軍への抵抗運動を呼びかけました。その時のことをド・ゴールは後にこう回想しています。
「私が「自由フランス」を結成し、ロンドンからドイツへのレジスタンスの続行を
呼びかけたとき、このフランスを救おうと駆けつけてきてくれたのは、何の縁も
ゆかりもない若者たちと、小舟ひとつきりのブルターニュの漁師たちだけだった。」
次に、ゴダールの個人的な記憶の話をすると、少年時代、ゴダールは、家族でブルターニュにヴァカンスにでかけた時、親に買ってもらったキャンディをペロペロなめながら、ナチスのドイツ兵たちに赤い舌をみせてアカンベエをしてみせたのだそうです。どこかでゴダールは「これが私の生まれてはじめてのレジスタンスだった」とそう云っていました。
つまりブルターニュは、大文字の歴史である世界史のうえでも、また小文字の歴史であるゴダールの個人史のなかでも、「レジスタンス」というものとのつながりの深い土地であって、いわばそこはレジスタンスの歴史と記憶のアーカイヴ(=資料庫)のような場所です。さらにもうひとつ別の歴史として、ゴダールのフィルモグラフィー(=映画史)をみると、ゴダールが1975年に撮った映画に『うまくいってる?』という作品がありますが、この作品のなかでゴダールは、ブルターニュで起こった工場ストライキのカットを引用して分析するということをやっています。またブルターニュは、こうした労働運動だけでなく、反-原発運動でも有名で、1981年のニコル・ガレクのドキュメント映画『プロゴフ、銃には石を』(注4)では、原子力発電所建設に反対する住民あげての抗議行動としぶとい抵抗の記録をみることができます。さらにもっと最近の歴史でいえば、ブルターニュはもともとフランスからの分離独立運動が盛んな土地で、「ブルターニュ解放戦線」というレジスタンスのグループがそれを率先してきましたが、グローバリズムの時代になると、それがアンチ・グローバリズム運動と連動し、2000年には「ブルターニュ解放戦線」から分派した「ブルターニュ革命軍」というグループがマクドナルドを爆破するという事件も起きています。『愛の世紀』のなかで、ジャン=アンリ・ロジェが演じるブルターニュ市文化局の職員が合衆国の役人をつきとばす場面がありましたが、あのシーンにはブルターニュの世情や土地柄がよくでてると思いました。
この大きな歴史と小さな歴史のはたしてどちらがゴダールをブルターニュにむかわせたのかはわかりませんが、ともあれ、難破しかけていたシナリオを救ったのは、おそらくこのブルターニュであり、結果としてこのレジスタンスの土地を登場させたことで、この『愛の世紀』という映画は、3×4の愛ではない、別の愛を描くことになったようです。レジスタンスの愛というのがそれですが、その話をする前に、この映画の「第二部」には非常に美しいシーンがありましたので、まずそちらからお話します。
それはどこにあったかというと、「第二部」のなかほどで、ブルターニュの民族衣装を身に着けた二人組の女の子が、主人公の"彼女"の家をたずねてきた直後にそれははじまります。さて、子どもたちが出てきたからには、注意しなければなりません。そのときその子どもたちはいったい何をしにやってきたかといえば、映画『マトリックス』の上映をもとめる署名をもらいにきたのです。そしてこれはこれからはじまるシーンについての重要な暗号となります。つまりこれから『マトリックス』のような何かがはじまるという警告です。
子どもたちから署名の紙をうけとった"彼女"は家のなかに入り、部屋の奥にいたエドガーとすれ違います。いってみれば、ただそれだけのシーンなのですが、ここは「第二部」のハイライトのひとつだと断言できます。なぜなら「波」の映像がでてくるからです。ゴダールの映画にはいわゆるドラマ的な要素がすくないのですが、そのゴダールの映画に「波」の映像が出てきたら、これまた注意が必要で、それは何か目に見えないドラマチックな出来事が起こるという合図であり、これがそのシーンです。
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