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ゴダールの異母兄弟



蓮實 そうなんですけれども、しかし『愛の世紀』って素晴しいでしょ。

青山 ええ。これがもうやられてしまってどうしようもないんですね。

蓮實 今ご覧になったばかりの方に、これが「素晴しい、素晴しい」と我々が言ってもしょうがないんですけれども、若干とっつきにくいところはあろうかと思うんです。誰の文章かわからない引用があったり、奇妙な名前がいきなり出てきたり。但し、これほどゴダールが真剣に、あるその老齢者と若者との関係を突き詰めた映画ってないと思うんですね。

青山 ないですね。

蓮實 この中では成人になる(大人になる)ことを盛んに言っていますが、実は成人はいなくて、老人と若者しかいない。その間に様々な年齢の者たちが出てくるんですけれども、これはフランスでも比較的評判が悪くてゴダールはすでに老人性の不能状態に陥っているという評判がある新聞でも出たし…

青山 日本でも若干そんな意見がありましたが、しかし僕はこれ、その、若者の側、どんなに道は険しくともこれから映画を作るのだ、と前進していく若者の側に立つことで泣いてしまったのです。

蓮實 いや、私はこれは素晴しい作品だと思う。しかし、主題の面で何が言われているかあんまりみんな理解しなくなっちゃったでしょう。

青山 そうですね、はい。

蓮實 明らかに、自分がかつて愛した女の子供を何とか自立させようという話であって、これはある意味で考えてみると自分が好きだったアメリカ映画、そのアメリカ映画が生み落とした何かを、何とか自分は支えていかなければいけない。ただし、アメリカ映画が生み落としたのは俺だというんですね。そこをどう観ていくかっていうのが非常に大変だと思うんですけど、これは映画作家としての青山さんに伺いたいのですが、私はこの前の名古屋の講演でゴダールは絶えず同時に二つのものでありたいということをお話したんです。しかし、必ずこういう会が青山さんと持てると思って、最後に言わなかったことが一つあるんです。それは、青山真治のように、本当はアメリカ映画を撮りたいけれどフランス映画しか撮らなかったゴダールがいる。本当はハリウッド映画を撮りたいのに実は日本映画しか撮らない青山真治がここにいる。これがゴダールの21世紀における最大の矛盾と、その矛盾を自己同一性として生きているゴダールのひねくれたヨーロッパ性をどう処理すべきでしょうか。

青山 彼、一度アメリカで映画を撮ろうとしていたんですけど、それを全部反故にしてしまったわけですね。まぁ、僕とゴダールを比較しても全く無意味…

蓮實 それは比較しなきゃいけないと思う、映画作家として喧嘩するなら…

青山 あえて比較するとすれば、やはり僕もハリウッドで映画を撮りたいという気持ちは無くは無いんですね。但し、ハリウッドで僕がやる時それは現在のハリウッド映画ではありえないだろうという気がするし、ゴダールもひょっとしたらそうかな…

蓮實 同じなんですよ。だから、そのゴダールの腹違いの兄弟みたいな人がここにいるわけですよ。

青山 ははは。

蓮實 そのように真剣に映画を捉えていかないと私は観逃すものが多すぎると思うんです。ゴダールの腹違いの兄弟は日本にもいるし、世界にもいるわけです。

青山 少なくとも世界には思い当たる何人かがいます。

蓮實 ところがゴダールはその腹違いの兄弟を全部潰そうとする。これはやはりブルジョワジーの非常に醜い、自己保存の本能だと思っているのです。

青山 そうしたところで、ゴダール本人にはもちろん保存の価値があるわけですから、自己保存どころか、我々が保存してやらなきゃいけないという気持ちにさせてしまうようなところもあるわけですよね。

蓮實 それは何でしょうね、ゴダールのどこかあれほどいやらしい男であっても彼が持っている弱さかしら。

青山 ではないでしょうか。そこは突けるんじゃないかなという気がするんですね。僕も結局のところ、そういうふうにしてしか映画が作れないのか、という情けない気持ちに今やなってきつつあります。褒めて欲しい時に褒めてくれない奴はみんな敵だ、というキャッチフレーズがいま個人的に流行していまして、そんな宣戦布告さえもはやゴダールには必要ないでしょうけど、僕もやはり自分でそういうことを言いつつ、別に友達が欲しいわけじゃないって同時に思うんですね。他に誰かが同じことをやると僕も許さないだろうし、潰しにかかるという可能性もありますし、その辺のいやらしさを僕はどれくらい学べばいいんだろうかと。

蓮實 ゴダールから?

青山 ええ。実はもともとこれは僕の中に無いものなんですね。それを学ぶ必要もないだろうし、そこの部分をまねなくてもいいと思うんです。但し、やはりこうした『愛の世紀』や『アワーミュージック』を観せられ、そして泣かされた時には、やっぱりこの人に、へんな言い方ですけど、ついて行くといいますか、どんなに倒錯したブルジョワジーであろうが、この人にどうしても泣かされてしまうこと……それはマキノ雅弘を観ているときに泣くのと違いがなかったりするわけです。ここが恐ろしいところなんですね。マキノ雅弘を観ながら泣いている自分とゴダールを観ながら泣いている自分が矛盾しないということが日本だけに起こっていることなんでしょうね、おそらくこれは。

蓮實 そうだと思いますね。

青山 そのことをやっぱり引き受けなくてはいけないと思うんです、僕は。

蓮實 それはゴダールに通じなくてもいい。

青山 知ってもらう必要は全くないですしね。

蓮實 そうなんですね。

青山 知らないでしょって言ってあげるだけでいいと思うんです。



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