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ゴダールにマキノ雅弘は観せない!



蓮實
 そんな気持ちで彼の映画を観ておりますけれども、新作を観れば泣いちゃう。

青山 えぇ。そうなんですよ。

蓮實 これはどうすればいいんですかね。

青山 どうすればいいんでしょうね。友達になってあげようとすると傷つけられるという可能性があるわけです。だから怖くて近づけない。うかつに近づけばパシッとしっぺ返しが必ずあって、彼はまた孤立のアイデンティティの中に逃げていくわけです。それを許さないことですね。その後ろ姿を追って、「まだ友達でいようね」と言い続けることが彼にとって苦痛以外のなにものでもない、ということになればいいわけですね。

蓮實 「僕は君の友達、だから君には会わない」とこちらから言ってやんなきゃいけない。

青山 すごいことですね。先生はゴダールがこの間来日した時(註1)に会ってやらないという行動に出たというふうにお聞きしましたけど。

蓮實 いや、それほど大袈裟なことではないのですが、なんか日本に恥ずかしい国際的な賞がありまして、その賞金を取りに来た時には会ってやんないと言って会いませんでした。

青山 宣告したんですか?

蓮實 いや、ただそれは通じたと思います。そしたら、「ムッシュー・ハスミに宜しく」と誰かに伝えたらしい。

青山 やっぱりそういうどこかで何か繋がりは持っておきたい気持ちはあるんですかね。そのへんの弱さを見せることもあるんでしょうか。

蓮實 それはないと思いますよ。

青山 無いんですかね。

蓮實 えぇ。

青山 それはただ受け流してるんですかね。

蓮實 えぇ、そうだと思います。

青山 そういう敵もしんどいもんですね。なかなか折れることがない。

蓮實 とにかく彼は、一番忠実な人間を完膚なきまでに叩きのめすというかたちでこれまで生きてきた人なのです。その最初の例はトリュフォーだと思います。まぁ、トリュフォーのほうも強かったからそう簡単には死なないわけですけれども、映画作家というのは強いんですよね。

青山 そうかもしれません。

蓮實 ところが映画作家ではなくて、ミュージアムの映画担当者とか映画祭のディレクターというのは軒並み殺しているわけです。彼の『映画史』ができたときに、映画が一本撮れるほど大変なお金を使ってイヴェントを企画し、それにふさわしい出版物も出そうということをやっていたロカルノ映画祭のマルコ・ミュレール(註2)。これは最初蜜月だったんですけれども、どこかであいつは許さないとゴダールが言い始めて、契約内容と全く違うものを納品した。

青山 うぁ〜。

蓮實 そうすると映画祭のディレクターとしては立つ瀬が無い。ディレクターといってもまわりに理事会があったり、プレジデントがいたりするわけで、彼らを無理に説得した企画だから、成功しないとディレクターの立場はなくなる。でもそれを知っててやる。

青山 そうですね。

蓮實 今度ポンピドゥー・センターで「コラージュ・ド・フランス」という形で予告されていた展覧会をドミニク・パイーニ(註3)という親しい友人ですけれども、彼が企画して最後の最後まで上手くいっていながら、「ドミニク・パイーニはけしからん、ポンピドゥー・センターもけしからんから、予定していた展示品は全部壊す」と言って計画を変更してしまうので、三年越しの企画者であるドミニックはすっかり落ち込んで、今は薬を飲んで、ほとんど療養生活に入っているそうです。何も、そこまでやることはないでしょう。

青山 いったい何が彼にそうさせるんでしょうか。本当に、そこまでしなくてもいい、というか、普通はそこまではしませんよね、できれば他人とは仲良くしていたいものなんです、人は。しかし彼は自分を地獄に突き落とすような、誰に悪口を言われても仕方のないようなことをする。しかしながら世界中で誰もゴダールの悪口はそんなに言わないわけですね、蓮實先生以外は。蓮實先生だけがこれほどまでにゴダールを追い詰めようとなさっている、という現象もきわめて興味深いわけですが。

蓮實 全然追い詰めてなんていないですよ。

青山 (笑)追い詰められるはずですよ、これがちゃんと彼の耳に届けば。

蓮實 つい一昨日フランスに発送したんですけども、ゴダールと親しかったある評論家が作った「トラフィック」という映画雑誌に「東京からの手紙」という原稿を書けといわれました。「ゴダールは可哀そうなことに『勝手にしやがれ』を撮る前に一本のマキノ雅弘も観ていなかった。なんと哀れなことであろうか。そして、東京はゴダールとマキノ雅弘を両方見ることができる素晴しい都市である」というのが最後の言葉なんです。

青山 (笑)

蓮實 これを知人のフランス人に見せて大丈夫だろうかときいたら、「まぁゴダールは読まないからいいだろう」と。

青山 (笑)

蓮實 絶対これは漏れ聞いて、何か言うと思いますけど。

青山 読ませるべきですし、こちらとしては、時すでに遅し、で、観たがってもマキノを観せないという方向しかないんですけどね。

蓮實 観せてやんない。マキノも山中貞雄も絶対に観せてやんない。

青山 そう、まず観たがらせ、その上でどんなに観たがっても観せないという処置が重要ですね、ゴダールに対しては。

蓮實 ロカルノ映画祭のときは、ローゼンバウムや私を動員して、ゴダールの知らない映画を見せるという企画が最初にあったのですが、ゴダールは乗らなかったらしい。当然でしょう。だから、いまとなっては断固観せてやらないという姿勢を貫くべきです。


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註1 世界の優れた芸術家に贈られる高松宮殿下記念世界文化賞の「演劇・映像部門」を受賞した際、その授賞式典に参加するため2002年10月に来日した。

註2 マルコ・ミュレール 1953年生まれ。映画評論家、映画歴史家として多数の著書を執筆。ロッテルダム国際映画祭やロカルノ国際映画祭のディレクターを務め、現在ヴェネツィア国際映画祭のディレクターの任に就く。

註3 ドミニク・パイーニ 1947年生まれ。映画の上映やプロデュースを携わり、1991年にシネマテーク・フランセーズの館長に就任。その後、パリのポンピドゥー・センターの文化発展部ディレクターを務めた。