第1回爆裂鼎談へ 第3回爆裂鼎談へ 第4回爆裂対談へ 第5回爆裂講演へ
第6回爆裂鼎談へ conference donne par Frodon 第7回爆裂鼎談へ 第8回爆裂対談へ

 

 

「発狂のソニマージュ」から「誘惑のソニマージュ」へ
ゴダールに誘惑される男たち


 9月16日(金)午後9時から、六本木ヒルズの「TSUTAYA TOKYO ROPPONGI」でミュージシャンの菊地成孔さんと映画監督の青山真治さんによる「公開爆裂トークショー」が開催されました。
 当日は早くから詰め掛けたゴダールファンや通りすがりの買物客も足を止めて、たちまち黒山の人だかり。熱気あふれる六本木の夜に花開いた、この日だけのゴダールトーク、お楽しみください。



採録・構成:プレノンアッシュ


 

 

俺は二十歳っ! ここは東京六本木! の時代


青山 菊地さんは僕とそんなに年齢は違わないと思うんですけど、ゴダールを観始めたのって、いつ頃なんですか。83年に『パッション』がシネ・ヴィヴァン六本木で公開されますが、あの前から観てたんですか? それとも60年代ゴダールがリバイバルされてる時期に?

菊地 中学の頃、それを観てました。80年代に入る直前くらいに。あの頃、何であんな簡単に60年代のゴダール映画が名画座でバンバン上映できたんですかね。

青山 何でですかね。根強いファンがいたからでしょうね。ゴダールがほぼ10年間、何にもしてなかった時期がありましたよね。本当はやってたんですけど、ほとんど上映されなくて。

菊地 テレビ番組作ってましたからね。イタリアのテレビ局に委託されて、テレビ番組作って納品したら放映できなかった、なんてことを繰り返していた時期がありましたからね。

青山 そうそう、長大な作品とか作ってね。

菊地 それ、観れたんですよ、4月の日仏学院の上映会で。ドミニク・パイーニさんが持ってきて、自分のゴダール論をやる前に資料として(上映したんです)(注1)
その時僕、初めてあれを観ました、『子供たちはどうしているのか』。「うわ、観れた!」と思って。断片ですけど。

青山 それってどのくらいの時間やったんですか?僕、その時は観てないんですよ。

菊地 かなり長くやりましたよ。二時間近くやりました。その時に、色んな映像を流したんですよ。結構ゴダールマニアが観ると垂涎っていう。これが『イタリアにおける闘争』か! って。部分的にですけど。結構ドキドキしたりして。

青山 いやあ、ヤバイっすね。僕、『イタリアにおける闘争』観てないですからね。

菊地 青山さんはゴダールは?

青山 僕もやっぱり80年代の頭くらいですかね。僕は地方出身者なので、たまたま博多でもやってまして。

菊地 博多でもやってましたか。

青山 やってたんですよ。テアトル西新っていう映画館で。いまもあるのかなあ。

菊地 何やってたんですか。

青山 フランス映画社のBOWシリーズで『気狂いピエロ』と『彼女について私が知っている二、三の事柄』の二本立てを観たのが最初ですね。その後はもうシネ・ヴィヴァンでの連続的な上映ですよね。『パッション』から『カルメンという名の女』まで。

菊地
 『パッション』から『カルメン〜』って、僕が二十歳とかじゃないですか。それこそここら辺(六本木)ですよね。今はなきWAVE地下。東京来て、六本木来て、シネ・ヴィヴァン来て、ゴダール観るのかっていうね。「俺は二十歳っ!」って。

青山 (笑)いいフレーズだな、それ。

菊地 たたみ込むように。もうそれ確認した段階で目が回っちゃうから(笑)。「俺は二十歳っ! ここは東京で、六本木!」。で、まあ、唖然として帰るっていう感じでしたけどね。

 

「GO ! GO ! ゴダール」(!?)の頃


菊地 今回の作品に関しては、まだ公開前なので、内容は言えないことが多いのですが、今発売している「INVITATION」っていうぴあが出してる雑誌に、結構色んな人がこの映画について書いてるんだけど、僕の話も載ってます。
それと、劇場用パンフレットにちょっと長い原稿を書きましたので、皆さん劇場でご覧になった際にパンフレットを買って頂くと、僕の「誘惑のソニマージュ」っていう文章が載ってます。ぜひ読んでみてください。
それと今回青山さんとの対談くらいが協力させて頂いてるものになってるんですけど、ゴダールというのは新作を出す度に、「来たぁっ!」「とうとう来た!」「次こそ!」って思われて、必ずイベントが組まれる人なんですよ。

青山 ゴダール・フェアね(笑)。必ず新作が出るたびにやるんですよね。

菊地 でもかなりスベッテることが多いというか、逆に冷えびえしちゃったりね。その思い出話がしたくて、いろいろ家の中を探ってたら、DVDが見つかりまして。ほんの一瞬だけなので、ほとんど観る価値もないんですけど、折角ですので用意させて頂きました。まず、観るだけ観て頂けると有難いのですが、これはおそらく遡るところ二回前のゴダール・フェアだと思います。


(ここで映像が始まる。いきなり小沢健二の映像)


菊地 これはその時何が流行ってたかっていう記録に(残してきました)。これ(小沢健二の映像)が流行ってたんですよ。

青山
 古いですねえ。相当昔じゃないですか。

菊地 「GO ! GO ! ゴダール」って書いてありますね。

青山 さすがに、ちょっと格好悪いですねえ(笑)。

菊地 「GO ! GO ! ゴダール」ですからね。クレイジーキャッツじゃないんですから。上映スケジュール見て下さい。『右側に気をつけろ』『ヌーヴェルヴァーグ』『新ドイツ零年』『アルファヴィル』、結構いい!

青山
 傑作揃いですよね。

菊地
 『ゴダールの決別』のためのフェアなんですよ。ちなみにこのピンボケのカットは『アワーミュージック』にも出てきますね。結構、『決別』は『アワーミュージック』に近いですよ。

青山 ああ、近いですよね。この頃になるともう「俺、30(歳)」って感じですよね(笑)。

菊地 もう20代ではないので、ヒリヒリもしてないですよね。いわゆる90年代ゴダールになっていきますよね。

 

注1)
2005年4月30日東京日仏学院で、ポンピドゥー・センター文化発展部ディレクターのドミニク・パイーニ氏が、【記憶、引用、回想の中のフランス映画】と題して行った講演。

 

 

 

1-俺は二十歳っ! ここは東京六本木! の時代・「GO ! GO ! ゴダール」(!?)の頃
2-ピンク色の館内・ゴダールに萌え萌え
3-次は拳銃を撃ってくれ!・ フランソワ・ミュジーの仕事
4-映画探偵VS音響探偵
5-ゴダールの エレガントな誘惑

菊地 成孔
(きくち・なるよし)

1963年生まれ。 音楽家、文筆家、音楽講師。
84年のプロデビュー後、山下洋輔グループなどを経て、現在、サックス、キーボード、作詞・作曲・編曲などの膨大なスタジオワークとともに「ぺぺ・トルメント・アスカラール」などを主宰。その傍ら、東京大学、映画美学校などで講師を務め、来年から国立音楽大学の 非常勤講師に就任。
最新作「CDは株券ではない」(ぴあ)が発売中。
青山 真治
(あおやま・しんじ)

1964年生まれ。映画監督。
立教大学在学中に8ミリ映画の製作を始め、卒業後映画界入り。助監督、批評家を経て、『Helpless』で劇場映画デビューを果たす。『EUREKA(ユリイカ)』は第53回カンヌ国際映画祭で国際批評家連盟賞とエキュメニック賞をダブル受賞し、その後に発表した同名の小説で第18回三島由紀夫賞受賞した。
最新作『エリ・エリ・レマ・サバクタニ』が2006年春公開予定。
総勢150人ほどの方が集まり、真剣に聞き入っています。

菊地さんが持ち込んだ映像に昔懐かしい映像に、
会場中が釘付け。