1930年12月3日パリ生まれ。父親は医師、母親は銀行家という裕福な家庭に育ち、幼い頃からフランスと本籍地スイスの間を行き来している(のちに二重国籍を取得)。
ソルボンヌ大学在籍時にシネクラブでアンドレ・バザンやトリュフォー、リベット、ロメールたちと親交を深め、1950年から「カイエ・デュ・シネマ」誌などに映画批評を発表、54年の短編『コンクリート作戦』(59年『勝手にしやがれ』で長編デビュー)から映画監督としての活動を始める。当時の妻アンナ・カリーナと組んでヌーヴェル・ヴァーグを代表する傑作群を生み出すも、60年代後半には政治に急接近し<ジガ・ヴェルトフ集団>を名乗って革命映画に没頭する。
商業映画界には72年の『万事快調』で復帰、翌年より≪ソニマージュ(現Peripheria)≫工房を設立する。79年に“第2の処女作”とも呼ばれる『勝手に逃げろ/人生』で新たな物語映画の形式に試みる。現在はスイスのロールに拠点をおいて、共同経営者かつ伴侶であるアンヌ=マリー・ミエヴィルとともにフィルム、ビデオの両方の可能性を追求しつつ創作を続けている。