製作
ルート・ヴァルトブルゲール
Production:Ruth Wardburger
ヴァルトブルゲールは、チュ−リッヒの映画会社≪Xanadu Films≫の重役に就任後、ゴダールの『右側に気をつけろ』(87)、ミエヴィルの「Faire la fête」、『私の愛するテーマ』などを製作、88年に≪Vêga Films≫を設立し、『ヌーヴェルヴァーグ』(90)、『フォーエヴァー・モーツァルト』(96)、『映画史』(88-98)、『愛の世紀』(00)、そしてアンヌ=マリー・ミエヴィルの『そして愛に至る』のほか、テオ・アンゲロプロスの『こうのとり、たちずさんで』(91)、トム・ディチロの『ジョニー・スエード』(91)なども製作。90年パリでブリュノ・ペゼリーと共に≪Arena Films≫を興し、オリヴィエ・アサイヤスの『パリ・セヴェイユ』(90)、クレール・ドゥニの『パリ、18区、夜。』(94)、近年はレオス・カラックスの『ポーラX』(99)、セドリック・カーンの『ロベルト・スッコ』(00)などを製作している。
撮影
クリストフ・ポロック
Photographie:Christophe Pollock
ウィリアム・リュプチャンスキー(『ヒア&ゼア・こことよそ』、『パート2』、『うまくいってる?』、『勝手に逃げろ/人生』、『ヌーヴェルヴァーグ』など多くのゴダール作品の撮影監督)の助手として、ジャック・リヴェット、ジャック・ドワイヨンらに付き、撮影監督に昇格以来、ドワイヨンの「若きウェルテル」(93)、ストローブ=ユイレの『ロートリンゲン!』(94)、リヴェットの『パリでかくれんぼ』(95)、マニュエル・プラダルの『アデュー、僕たちの入り江』(98)などで活躍。ゴダールは『新ドイツ零年』、「Les enfants jouent à la Russie」、『フォーエヴァー・モーツァルト』、そして本作『愛の世紀』で組み、その才能を高く評価している。また、アンヌ=マリー・ミエヴィルの「わたしたちは皆、まだここにいる」(96)の撮影もポロックがつとめている。
録音
フランソワ・ミュジー
Son:Francois Musy
1955年生まれ。電子光学を学んだ後、映像芸術技術学院映画科に入学。その後、TVのルポルタージュの仕事やいくつかの映画の仕事を経て、ゴダール作品の歴史におけるひとつの区切りとされる『パッション』(81)の録音を担当。以後本作に至るまで、ほぼ全てのゴダール作品を手がけている。『カルメンという名の女』(83)では撮影のラウル・クタールとともにその技術が高く評価され、1983年ヴェネツィア映画祭で審査員特別賞を受賞。『ヌーヴェルヴァーグ』(90)ではセザール賞録音賞の候補となる。現在もベストセラーとなっている同作のCD化に際しては新たにミキシングを担当、「ゴダールを聴く」ことの愉しみと価値を定着させた。また、続く『新ドイツ零年』(91)ではふたたび1991年ヴェネツィア映画祭金のオゼッラ賞の録音賞を受賞している。他に、モーリス・ピアラの「Police(ソフィー・マルソーの刑事物語)」(85)、フィリップ・ガレルの『愛の誕生』(93)、マリオン・ヴェルヌーの『誰も私を愛さない!』(94)、トニー・ガトリフ『ガスパール〜君と過ごした季節(とき)』(95)などを担当。また、「Faire la fête」、『私の愛するテーマ』、『そして愛に至る』など、アンヌ=マリー・ミエヴィルとの結びつきも強い。
音楽
Musiques
「エピグラフ」Epigraphs
Ketil Bjornstad
ケティル・ビョルンスタ(ピアノ)
David Darling
デヴィッド・ダーリング(チェロ)
「葬送」Funèbre
Karl Amadeus Hartmann(composition)
カール・アマデウス・ハルトマン(作曲)
ともにECM recordsより
(発売元:ユニヴァーサルミュージック)
ゴダールとECMレーベルのコラボレーションは、『ヌーヴェルヴァーグ』から始まった。
「この映画のために、膨大な量の曲を聴いた。それらはすべて、マンフレッド・アイヒャーのプロデュースしたものだった。その音に、どれほどの音楽家たちがインスピレーションを得ているか、想像するのは簡単なことだった。聴きながら私は、あたかも自分が作曲家であるかのような気分を味わった。」(ゴダール談/1990年カンヌ映画祭にて)
「マンフレッドが私に曲をいくつか送ってくれたのがはじまりだった。アルヴォ・ぺルトやデヴィッド・ダーリングの音楽は、私に新しい世界を提供してくれた。曲が終わると、私はすぐにマンフレッドに手紙を書いて、もっとCDを送ってくれるように頼んだ。彼が音をプロデュースするのなら、私は映像をプロデュースするのが仕事だ。そして……、マンフレッドから届いた音楽は、映画を創る私に多くのアイディアをもたらしてくれた。それが『ヌーヴェルヴァーグ』になり、そしてその後の作品へと連なっていった。」(ゴダール談/1996年)